115.後悔する選択肢
何も浮かばないと頭を抱える俺の前に、何かが飛んできた。
それは目の前に着地すると、股の間を潜り後方へと走っていく。
「モフモフじゃねえか。どうしたんだ?」
俺の言葉に耳を貸さず、一目散に走っていく。
振り返った俺が見たものは、空中に投げ出されたモフモフたち。
モフモフたちは俺の上空を越え後方に着地すると、俺の脇をすり抜け走っていく。
その先に待ち構えるのはグリュイだった。
モフモフが飛びかかるのをグリュイは上手いこと引っ掴み、反動を利用して遠くへ投げる。
七つのモフモフたちを順番に掴んでは投げ掴んでは投げ、喧嘩でもしてるのかと一瞬心配したが、どうやら遊んでいるだけのようだ。
それでも、グリュイの体捌きは見事なものだった。
戦闘系じゃないと言いつつ、実際は俺以上に戦闘に慣れている感はある。
遊びの中で捌き方を学んでいるというよりは、今までそういう戦闘をこなしてきたような余裕すら感じられる。
戦闘が嫌いなだけで、結構経験豊富なのかもしれない。
これは聞くしかないでしょ。
という事で、遊びがひと段落したのを見計らって、
「それは面倒臭い魔物にあったね」
「それって強いって事か」
「個体差があるから何とも言えないけど、水中で戦えば負けるだろうね。相手も地上に出れば不利と分かってるから警戒しているだろうし、水際の戦いに成らざるを得ない」
「だからどうにか引き上げる方法がないか考えてたんだけどさ。釣り上げるくらいしか思い浮かばなくて、どうしようかと……」
「射水蛇って人と同等位の知能あるから、お兄ちゃんがどんなに釣り名人でも釣れないと思うよ。それこそ見た事もないような仕掛けでも知ってるなら別だけど」
「釣り名人でもなければ、漁師でもない俺にそれを求められても困る」
「でも、お兄ちゃん魔法使えるし、水に投げ込めば当たるんじゃない」
「俺の全力で投げた魚を簡単に躱したんだぞ。魔力が尽きる方が先だね」
「それを自慢げに言われても……」
「結局打つ手なしか。どうするかな」
俺は腕を組むと他に何かできる事がないかと思案する。
グリュイも俺の言葉を待つように口を閉じた。
しかし、俺の口からは唸り声しか漏れてこなかった。
「じゃあ、僕が様子見て来ようか」
俺は一瞬、自分の耳を疑った。
俺の知っているグリュイは、自ら進んで危険に足を突っ込むはずがない。
「何か企んでないか」
「僕だって、何時までもこの村に留まってる暇はないんだよ。他にもやる事があるからね。だから僕が手伝ってあげるのはこれが最後。僕は明日その射水蛇を見に行ってくるから、お兄ちゃんは畑のおじさんに会ってくる事」
「いきなり行っても気まずいだけじゃねえか」
「それは今まで見て見ぬ振りして、人任せにしてきたお兄ちゃんが悪いんでしょ。それでも、僕が出来る限りの事は、やっておいたから大丈夫」
「本気で言ってんのか……」
急に噴き出してきた汗を拭いながら聞いた俺に、グリュイは頷く。
「何から話せば良いかも分かんねえよ」
「世間話でもしてたら、向こうから切り出してくるでしょ。気まずいのはお互い様なんだし」
「そんな都合良くいくものなのか」
「何でもかんでも下手に隠そうとしなければ上手くいくよ」
「本当かよ……」
弱気な言葉を吐く俺を前に、グリュイは準備があるからとさっさと行ってしまった。
その行動に俺はもう一度同じ言葉を呟いた。
恋する乙女のように中々寝付けないでいる俺をよそに、村長たちは鼾を掻きながら寝ていた。
ルーフにクメギの事を聞くことも忘れ、俺は明日ログとどう接すればいいかを考えていた。
同じ村にいつつもお互い避けて来た時期が長すぎて、上手くシュミレーションすらできない。
これは色々考えても無駄だと寝床に潜り込んだはいいが、目が冴えまくって眠気がやってこなかった。
そうしているうちに空が白けて来ているのが分かった。
このまま寝不足の酷い顔で行けば印象が悪くなりそうだと考えつつも、やっと眠気がやってきた頃にごそごそと動く音が聞こえてきた。
そちらへ顔を向けると、グリュイがもう支度を始めていた。
「……もういくのかよ」
「色々調べるには時間が必要だからね、それよりも寝れてないようだけど、まだ悩んでるの?」
「いや、まあ……」
「お兄ちゃんはどうか知らないけど、僕はやらずに後悔するよりは、やって後悔する方がいいと思ってる」
「後悔する前提かよ」
「何もしないより、自分に出来る事をやって後悔する方がすっきりするでしょ」
「そりゃあな」
「後悔しても行動すれば違う未来がある。何もしなければ、同じ未来が待っている。どちらか選ぶことが出来るなら僕は違う未来を選ぶね」
何時になく真剣なグリュイの口調に俺は押し黙った。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ、気をつけてな」
「僕の事より、お兄ちゃんの方が心配だよ」
グリュイはそう笑いながら言うと出て行った。
「うるせえよ」
力なく突っ込んだ俺は、少しでも寝ようと目を閉じた。
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