114.感覚の違い

森を下りながらモフモフは七つに増えていく。

器用に魚を持つというか抱え上げながら増えていく様は見ものだった。

村人の前では一つになるな、という俺の忠告を忠実に守っているのか、村人の前では七つでいることが殆どだ。

俺が何度も言い聞かせたからではなく、村人への配慮だと勝手に思っている。

モフモフなりに村を襲った時のことを気にしているのだろうか。

そう考えれば、俺より村人の意見を聞いているのも頷ける。

お互い言葉が通じないからこそなのかもしれない。


村人に向かって自慢げに魚を見せるモフモフたちを横目に、俺は村長の家に向かった。

以前モフモフが射水蛇しゃすいじゃを見たときは、色々事情があって言えなかった。

あれからだいぶ時間が空いてしまったが、まだこの辺りにいると分かった以上、報告しておいたほうが良いだろう。

家に入ると村長とシュロさんが小さな焚き火を挟み、真剣な顔で話し合っていた。

日を改めて話すことにして出ていったほうが良いのだろうが、俺の帰る家はここしか無い。

しかも「ただいまー」的な軽い感じで入ってきてしまった手前、こっそり出ていくことも出来ない。


「おお、無事に帰ってきたようだね。それで仕事は順調に進んだかね」


さり気なく村長が笑みを見せつつ話かけてくる。

こういうところはさすが大人な対応だ。


「それがですね……」


俺は北の森であったことを話した。


「やはり、村の周りに魔物が急速に戻ってきていると考えて良いかもしれんな」


射水蛇は以前からいたのだが、これを言うとややこしくなるから言うわけには行かない。

いや、もっと前に北の森をシュロさんたちと探索に出たときは見かけなかったのだから、戻ってきたのかもしれない。

その時、射水蛇がいたとしてもシュロさんならなにか異変に気づいていたはずだ。

流石に水の中までは見渡せないかもしれないが、シュロさんならば違う形で察知する術を持っているだろう。

それに、無警戒に魚を取っていた俺が襲われなかったのだ。

いなかった確率はかなり高いし、俺の運も同じように高い。

あの頃の俺は、地上の魔物すらまともに見れていなかった。

水中に魔物がいると考えが至らなかったからこそ、木と一緒に流れる作戦を立てたのだ。

だからモフモフは森を下りたがったのか。

いや、それは考えすぎだろう。

射水蛇を前にして魚を取っていたしな。

俺とは違った感じでモフモフもずれているんだよな。


「シュロ、もう一度話してくれないか」

「君も外に出るなら知っていたほうが良いだろう」


村長に頷いたシュロさんは、そう言って話しだした。

シュロさんの話を要約すると、南の洞窟内から甲高い声が漏れてきたという。

洞窟を探索した時にグリュイは、生き物の気配が感じられないと言っていた。

その言葉は嘘ではないはずだ。

その証拠に隅々まで探索していた俺たちは魔物に襲われていない。

違うものには襲われたが、これはどうでも良いか。

その洞窟から声が漏れてきたということは、洞窟内で変化が起きた。

考えられるのは、新た魔物が住処とした。

洞窟内部の構造が変わったと考えるほうが妥当か。

痺猿ひえんたちを蘇らせたことで、塞がっていた道が開けたとしたらあり得る話だ。

その他にも細長い足で木に巻き付く魔物も見たという。

この魔物が甲高い声で鳴けば、洞窟に住み着いたのがこの魔物という事になる。

食い散らかされた痺猿の死骸も見つけたらしい。

あれから村の近くでは見なくなったが、死骸があるという事はまだ森に潜んでいるのだろう。

それを食う魔物となると沙狼しゃろうの残党か。

他の魔物の可能性もある。

このような変化がここ二、三日で起こっているという。

さて、どうするかと考えたところで、出来る事は少ない。

注意して今まで通りに生活していく。

それだけだ。

村長とシュロさんの会話も新たな対策を立てるという話ではなく、気を引き締めて行こうという結論で終わった。

それだけでいいのかと思うが、こちらから打って出る程の力はない。

それがこの世界の人の立ち位置なのかもしれない。


俺がいた世界は人が頂点に立っていたと言っても過言ではない。

どんなに力で優っていようとも数の差が違う。

百獣の王と言われたライオンだろうとも塀で囲まれ、見られる立場になるのだ。

しかし、この世界では人は頂点に君臨していない。

文明も数も足りていないといった感じか。

この世界の魔物は、俺の世界の動物と考えれば分かり易いだろう。

山道を歩いていて蛇に出くわしたとする。

そこで何か対策を立てなければ、と騒いでいるのが俺。

気を付けようとしているのが村人。

木を取って道を通れるようにしようというのが、モフモフといったところか。

まあ、モフモフも魔物なんだが。

そう考えるとモフモフの行動も少しは理解できる。

モフモフは何も無警戒なのではない。

警戒しつつも行動することに慣れているのだ。

無造作に手掴みで蛇を取れるほどに。


話が終わってもう一度一人で考えてみようと俺は外に出た。

あてもなく村の中をぶらぶらと歩く。

少しはこちらの世界の考え方が分かった所で、射水蛇をどうするかを思案してみた。

射水蛇の行動を思い返しながらも、頭を捻る。

人は歩いていると良い案が浮かぶという。

少し立ち止まってはまた歩き、立ち止まる。


「何も浮かばねえ……」


俺は暮れ行く空にそう吐き出した。

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