105.何かがおかしい

朝焼けの日が部屋に差し込み、荷台に座っているクメギを照らす。


「生きていてくれたんだな」


クメギは俺の顔を見上げ、嬉しそうに笑った。

今まで俺に見せたことのない表情だった。


「ああ。なんとかな」


俺は頬を掻きつつぎこちなく答える。


「いつもごめんなさい。私のために傷をつけてしまっている」

「何もクメギが謝る事でもないだろ。前もって村全員で決めたんだ。俺だけじゃなくて皆にも感謝しないとな」

「それでも、一番きつい役回りばかりやっているだろ」

「そりゃ、今回は俺が村の皆を巻き込んだ感じだし、なるべく危険なことは押し付けたくないというか……」


何時もと違うクメギの表情に上手く説明できていない俺がいる、と意識すると余計に言葉が続かなくなる。

何でこんな状況になったのかと考え、今は打破する方法を考えるんだと改める。


「それより、クメギが倒れてからみんな心配してたぞ」

「また私は意識を失っていたのか……」

「だから、気にすんなって。クメギの事みんなに知らせないとな」


そろそろ皆起きだしている頃だろう。

まずはクルクマさんに知らせて、クメギの様態を見てもらった方がいい。

起きはしたけど、倒れてから体力が低下しているはずだ。

まずは回復するまでクルクマさんに任せるか。


「クルクマさんが隣の家にいるんだ。ちょっと呼んでくるわ」


俺が外へ出て行こうとした時だった。

枕元にあった木の器が固い音を立て床に落ちる。

振り返ると、クメギが倒れそうになりながらも、必死に俺へ手を伸ばしていた。

慌てて手を掴み、寝台に座らせる。


「ほらみろ。まだ体力回復してないんだから、静かに寝てろっての」

「また私を放ってどこかへ行く気なんだろ!」


クメギは俺の腰に震える手を回し、力なく叫ぶ。


「クメギ、お前起きてからおかしいぞ」

「おかしいのはお前の方だ!」


体動が大きくなり、座っているのもしんどそうだ。

やっと目を覚ましたというのに、ここで争って容態が悪くなっても困る。


「どうしたんだよ、クメギ。心配しなくても大丈夫だから」


腰に回している手をそっと取り解いてやる。

状況を変えようとして深みに嵌っているような。

取り敢えずクメギを落ち着かせる必要がある。

落ち着かせるには、まずは深呼吸だ。


「はい、大きく息を吸って」


一緒に俺も大きく息を吸ってやる。

震えは収まってきたが、俺を握る手は力がこもったままだ。


「はい、吐いて」


それを数回繰り返してやると、クメギの震えは徐々に収まっていった。

だが、クメギは手を離そうとはしない。

このままでは、クルクマさんを呼びに行くこともできない。

どうしようかと困っている俺の背へ声がかかる。


「あらあら、朝から手なんか繋いじゃって仲良しねえ」


家の入口にいつの間にかクルクマさんが立ち、口に手を当て驚いた表情を見せていた。


「これは違うんですよ。これは手じゃないんです」


慌てて言い分けを口にするものじゃない、という手本のような言葉が出る。


「手じゃなくても繋いでいることが問題なのよ」


クルクマさんは悪戯っぽく笑う。

俺はこういうおばちゃんが苦手だったことを思い出す。

何事もない事をまあまあといいつつ、言い回る。

それは尾や鰭をつけ、気まずい関係を築いていく。

それを正そうとすれば、そうなの残念ねと悪びれもせずに言われるのがおちだ。

これは変転する言葉が必要だ。


「問題はクメギが起きた事です」

「おばちゃんも起きて、手を握れるところまで回復してるなんて驚きだわ」

「体力が回復してないのに立とうとしたから座らせただけですよ」

「お腹が減ってるのね。若いんだもの、じっとしていられないのも分かるけど、まずは回復しなきゃいけないわね」


クルクマさんはそのまま俺にクメギを任せると、家の奥にある小さな焚火に火を点けた。

その上に水の入った器を置き、手慣れた手つきで薬草を入れていく。

痺猿ひえんの肉が沢山取れたとはいえ、弱った体が受け付けるはずがない。

まずは薬湯や負担の軽い食事になるのだろう。

薬湯を飲めば、この状態から解放される。

クメギはまだつらそうな状態だが、俺と目が合うと笑顔を見せようとしてくる。

俺も戸惑いつつ笑顔を返すが、どうしてこうなった。

グリュイが何かしたのだろうか。

今グリュイは村長の家で休んでいるだろう。

村長にクメギの事を伝えるついでに、問い詰めてやろう。


「出来たわよ。クメギ、少しずつでいいから全部飲みなさい」


クルクマさんから渡された薬湯をクメギは苦そうに飲み込む。

ようやく解放された俺は、クメギにばれないように距離を取る。


「それじゃあ、後は頼みます」


俺はその場から逃げるように足を延ばした。


「私を置いて行くな! ムクロジ!」


出て行こうとした俺を後ろから掴み、そう叫んだクメギ。

薬湯の入った器が床に転がり、中に残っていた薬湯が広がる。

言葉の出ない俺の代わりにクルクマさんが口に手を当て、あらあらと漏らしていた。

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