106.近くが遠い
クルクマさんが解決できる薬を作れるわけでもなく、あらあらとしかいわないクルクマではらちが明かなかった。
大変な事なのにクルクマさんの口癖がそれを軽くしている。
いや、クルクマさんがあまり気にしていないようにも感じとれる。
このまま相手をしていても、この状況に俺が倒れてしまうかもしれない。
少しでもこの状況が大変なことだと村の皆に知ってもらわねば。
「おばさん、クメギをお願いします」
俺はクメギを力ずくで引き剥がすと、強引にクルクマさんに預けた。
取り敢えず行くべき場所は村長の家だ。
この状況を打破すべく俺は村長の家を目指して走ると思えば格好いいが、実際はこの状況を回避するべくクルクマさんの家を逃げる様に去る。
何時ぶりかの全力疾走で俺は走った。
そして、もう数十歩で村長の家だという時に、俺は後ろから思いっきり倒される。
何かが腰を締め付けていた。状況は見てすぐわかった。
クメギが俺の腰へタックルしてきたのだ。
ラグビーでもすれば良い選手になれただろう。
「何してんだお前は! 磁石かよ!」
「なぜ私から逃げる!」
「お前は、体調治すのが先だろ。俺は村長に話があるんだって!」
「もう治った」
「嘘つけ! 顔色悪いじゃねえか」
「じゃあ、戻るから肩を貸してくれ」
聞き分けがいいのか悪いのか。
しかし、そう言われたら放っておく訳にもいかない。
結局、村長の家を前にしてクルクマさんの家に戻る羽目になった。
「おばさん頼みますよ。クメギをちゃんと捕まえといてくださいよ」
「そうは言っても、クメギは力が強いからねえ」
「病人なんですから、そこはもう縄で縛るなりなんなりして外に出れないようにしてください」
「あらあら、縄なんてあったかしら」
「そこら辺に落ちてるでしょ」
そう言って、適当に落ちていた縄を渡してやる。
「ばっちくないかしら」
「汚れてないですって! 頼みますよ本当に」
なぜ村長の家に行くのに、これほど苦労しなければいけないのだろうか。
俺はクルクマの家を出て溜息をつく。
「位置について……」
後ろから聞こえた掛け声に嫌な予感がして、俺は振り返る。
そこには走る準備をするクメギと、合図を送ろうとするクルクマさん。
「捕まえる気ゼロじゃないですか! クメギも病人らしくしとけって、顔色どんどん悪くなってるだろ!」
なぜかぐずるクルクマさんも抑え込んで、俺は走り出す。
今度は半分ほどまで行ってクメギのタックルが決まった。
それを遠くから見ていたクルクマさんが叫ぶ。
「アウト! はい、こっちまで戻ってきて!」
「何の競技だよ!」
突っ込みつつ、クメギを連れてクルクマさんの家に戻る俺。
「おばさん、本当に分かってます? クメギも病み上がりだから無理しないように」
「それは振りなの? どうなの?」
「振ってないから! 大人しくしてて!」
そんなやり取りで、俺は何度となくクルクマさんの家と村長の家を往復するのだった。
ようやく家に着くと、村長は相変わらず何かを磨り潰していた。
まさか目と鼻の先にある村長の家に着くのに、汗だくで疲労困憊するとは思いもしなかった。
「これはどういう事なのかね」
村長は俺の姿を見るなり、そういって顎を撫でた。
俺の横にはクメギがくっついている。
そして俺の顔を見ながらムクロジと困らせる言葉を吐くのだ。
「実はですね……」
俺は村長に事の説明をする。
当然誰にもクメギがなぜこうなったのかは分からない。
もし知っているとするなら、家の端っこで大人しくしているグリュイだろう。
ここには村長に説明がてら、グリュイに真意を確かめにも来ている。
座り込んでいるグリュイの前に立ち、俺はお前のせいだと言わんばかりに名前を呼んだ。
呼ばれたグリュイは先ほどの説明を聞いて俺の考えを呼んでいたのだろう。
「お兄ちゃん、何でも人のせいにするのはよくないよ」
「これもお前の計画の一つじゃないのかよ」
「改めて言うけど、僕はお兄ちゃんを困らせに来たんじゃないよ」
「じゃあ、この状況はお前が企んだんじゃないんだな」
「もちろん。でも、また変な状況になったね」
グリュイは俺の状況を楽しむように笑った。
偶然このようなことが起こったのだとしても、グリュイの性格からいって解決しようとはせずに、俺を揶揄う方に回るだろう。
そうなると、俺の旅はここで終わる可能性も出て来るかもしれない。
そんな事を考えていると村長が口を開く。
「事情はよく分かった。今すぐには解決できないようだし、クメギを離すことも様態に係わるだろう」
「回復するまでクルクマの家にいろって言ってもこの有様で……」
「そのうち君もクメギの良さが分かる日が来るさ」
村長は自分の言葉に納得した様に頷いていた。
「そうですかね……じゃないですよ! 何で、村長までそっち側に行くんですか!」
「状況を変えたいのは分かるが、クメギの負担を考えてみたまえ。やっと回復したというのに、また様態が悪くなっても構わないというのかね」
「そうは思いませんけど、ずっとこの状況でいろって言うんですか」
「暫くはその状況でいて貰う事になりそうだな」
状況を解決しようとこの家に来たというのに、悪化していくような気さえしてくる。
もっと切迫した感じで来てほしいのに、こののんびりした感じはなんだ。
俺は大げさに溜息を吐いた。
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