99.貸し借り

「お前、取引のこと忘れてんじゃねえだろうな」


俺が身体強化について聞いた返事がこれだった。

いつもの怒号とは違い、冷めた感じの怒り。

怒りにも色々あるものだと感心する度胸もない俺は、指輪に向かって平謝りを繰り返した。


デォスヘルとは取引をしている。

俺は元いた世界の情報を一つ差し出し、デォスヘルは一回力を貸してくれるというもの。

俺のは情報というか昔の記憶の範疇で貴重ではないが、デォスヘルの暇つぶしにはなるようだ。

以前ログさんについて、デォスヘルに相談したことがあった。

解決策としてグリュイが村に派遣され、それは現在進行中である。

それに対して、俺はまだ情報を渡していない。

忙しくてそれ処ではなかった、と言えば許してくれるだろうか。

デォスヘルの性格からいって許してはくれないだろう。


「お前の情報を渡すか、お前の命を渡すか選ばせてやろう」

「重さが全然違うような気がするんですが……」

「気のせいだ。さっさと差し出せ」


閉口する俺の気持ちを知らずに指輪の向こうでイラついた気配を醸し出すデォスヘル。

俺に差し出せるのは情報しかない。しかし、何を話そうか考えていなかった。

何でもいいんだろうが、何でもいいとなると何も浮かんでこなくなる。


「無視してんじゃねえぞ、こらあ! 五つ数える間に何も出さなければ命がなくなると思え」

「ちょっと、いきなり言われても……」

「五……」

「えっとですね……」

「四、三、二、一」

「ちょ、はやっ」

「時間だ。命を差し出せ!」

「悪魔か!」

「あくまだと?!」


しまった。つい口を滑らしてしまった。更に怒らせてしまったか。


「それで、お前の言うあくまとは何だ?」


なんか感じが違う、これは怒っていないのか。悪魔を知らないのか。


「悪魔は簡単に言うとですね。悪を固めた存在というか」

「お前の思う悪とは何だ?」

「無作為に破壊したり、苦しめたり、生きる上での苦難や災難みたいなものかな」

「苦痛を与える存在という事か。お前の世界にはそんな奴がいたのか」

「想像上の存在で実際にはいないから」

「たとえ話とは詰まらん」

「弱い人間には神に縋り、悪を払う必要があるんだよ」

「ああ、この世界でも人は神という存在に縋りついていやがる。違う神の名の元で争っていたりするが、お前の世界もそうなのか」

「この世界がどうなっているのかは分からないけど、そういう争いもあったかな」

「結局は自分の都合の良いものが神であり、都合の悪いものを悪魔と呼びたいだけだろ」

「何か偏った考え方だけど、間違っているとも言えないな」

「この世界で神に近い人間という奴は、力もないのに人の上に胡坐をかいて訳の分からない事を言うだけの、くだらない奴だったけどな」

「知らないかと思ったらやけに詳しいんだな」

「昔、天罰だと言って私の所に攻めてきた国があったからな」

「それで、どうなったのかは聞かない方がよさそうだな」

「ああ、つまらん話だ」


本当に詰まらなそうに、デォスヘルは呟いた。


「それで、お前は私の事を悪魔かと言っていやがったな。私の姿はお前の世界でも悪魔に見えんのか」

「悪魔といえば角と牙が生えてて筋骨隆々で目が爛々とした見た目かな」

「全然見た目が違うじゃねえか。そういえば、魔物でそれらしいのがいたな」

「この世界だと魔物の方が近いかもしれないな」

「焼いて食うとうまいんだ。今度、食わせてやろう」

「悪魔食うとか、悪魔か!」


そんなこんなで、俺の取引は成立した。


「早速なんだけど、身体強化を援助魔法で強化してほしいんだけど」

「身体強化の強化だと?」


デォスヘルは意味は分からないが、俺が面白そうな実験でも始めたと思ったらしい。

俺は事情を説明し、協力してほしいと伝えた。


「その考えは面白いが、間違えた考えだぜ」

「どういう事だよ」

「お前の言う身体強化は自分を強化するんだろ。それは、範囲が広がろうと他人には及ばない。言っていることが分かるか」

「……強化範囲内にクメギがいても、他人と認識しているから影響がないという事か」

「そういうこった」

「じゃあ、クメギが起きるまで俺は祈る事しかできないのか」

「逆に考えろよ。範囲が狭かろうと、他人じゃなけりゃ影響があるんじゃねえのかよ」

「そりゃあ、理屈ではそうなるけど、クメギに取り憑けでもしなければ無理だろ」

「それも悪くない考えだが、もっと簡単な方法があるだろうが。そいつにちょちょいと香炉を振ってもらえ」


香炉という言葉で、俺はデォスヘルの考えが分かった。

グリュイに意識を操作してもらって、クメギを自分だと思い込ませてもらえれば強化範囲が狭くても、クメギにも範囲が及ぶかもしれない。


「よし、これで力を貸したことになるな。次の情報をよこせ」

「これで、一個貸しになるのかよ」

「当然……と言いたいが、今回は結果を聞かせてくれるだけで許してやろう」

「それで、何か悪巧みでも?」

「束の間の暇つぶしだ」


そう言うと、デォスヘルは通信をぶつりと切ってしまった。

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