100.宣言から敗北までの速さ

強引に通信を切られ顔は溜息を吐く。

デォスヘルは、電話の切り方ってものを知らない。まあ、電話ではないけど。

もう一溜息を吐いた俺は足音に顔を上げた。

すぐ傍まで歩いて来ていたグリュイと目が合う。

デォスヘルとの通信を切ってタイミングよく現れたという事は、グリュイたちも何かしらで繋がっているという事か。

グリュイは大げさに辺りを見渡し、俺に近づいてくる。


「人目を避けて悪巧みでもしていたの?」

「お前と一緒にすんな!」

「ここで休憩してたとしても、気が休まった様には見えないけど」

「それについて一つお前に頼みがある」


会話を聞かれていたとしても、確定ではない。

俺はグリュイに先ほどのやり取りを説明した。


「面白い考えだけど、効果があるかは分からないよ」

「それは出来ないって事か」

「簡単じゃないって事だよ」


俺が他人を自分と思い込むには、自我を曖昧にしなくてはいけないらしい。

その曖昧な状況でクメギを自分だと思い込み、身体強化を行う。

グリュイが出来るのは思い込ませる事までで、そこから俺の力で身体強化を行えるかが問題となる。

夢の中にいつつ、意図的に手足を動かすのと似ている。

今までやろうと考えた事もなかったし、出来る気もしない。

ただ手足が動かせれば良いだけではなく、それより難しい身体強化を発動できるかどうか。

それが出来たとして維持できるのか。

身体強化は戦闘中以外、意識を向けていなければ勝手に解けてしまう。

使う魔力は三。切れたとしても魔力がある限りは使えるが、簡単に発動できないとすれば、維持することを考えた方がいいだろう。


「僕には、お兄ちゃんがそこまで器用に見えないよ」

「だろうな、俺も同じ考えだ。でも、諦めたくはない」

「まあ、他にやり方もなくはないけど」

「他にも方法があるのか?」

「これは睡眠と似た状態になる。という事は、自分でやらなくても他人が行動を起こさせれば同じ結果になる」

「催眠術のようなものか」

「でも、やるには問題があるよ」

「何だよ」

「お兄ちゃんは僕の力を否定してるでしょ」

「使い方を否定したんだ。お前の力を認めてないわけじゃない」

「お兄ちゃんになら、間違えないと思うの?」

「お前が今まで何をやって来たかなんて俺には知る由もない。だけど、俺が知っている限りお前は悪い奴じゃない。それに俺は賭けに少し強いんだ」

「お兄ちゃんがいいなら僕は構わないよ。でも、僕にも出来るという確証はないからね」


俺が頷くのを見て、グリュイは仕方ないといった様に息を吐く。

そして、徐に右手で小石を拾うと俺の前に突き出した。


「今、石を握っているのは右か左かどっち?」

「そりゃ右だろ」


グリュイが右手を開くとさっき拾った小石はなく、左手に小石は握られていた。


「僕には賭けに強くは見えないけどね」


そう言って小石を投げて寄越すのを俺は慌てて受け取った。


「やるのは今日の夜。お姉ちゃんのいる家使うから、その間家主さんには何処か行ってもらっといて」


グリュイは準備があるからと言って去っていった。

俺の手の中には、何の変哲もない敗北の小石が残った。


そのまま俺はクルクマさんに事情を説明に行くことにした。

家の中を覗くとクメギはまだ起きておらず、クルクマさんはその横で葉を磨り潰していた。

村長が磨り潰していたのも同じ種類の葉だったことを思い出す。

擦り傷や切り傷に塗る薬を作っているのだろう。

満足に薬も作れないこの村では、小さな擦り傷を放っておくことも命取りになる。

傷から黴菌が入る前に処置しなければ命に係わるなど、この世界に来なければ軽く見ていただろう。

風邪予防にうがい手洗いをしなさいといわれてきた。

分かっていてもしっかり出来ていたとは言えない。

風邪を引いたとしても近くには薬局があり、病院もあった。

それは恵まれた環境だったとしても、当たり前だった。

人は無くさなければ、本当の有難さに気づけないのだろうか。


「また来たのかい。そう何回も来られてもクメギはすぐに治らないよ」


クルクマさんの声に俺は現実に戻る。


「少しお話がありまして、グリュイに秘策があるようで、今夜この家を貸してほしいのです」

「ほう、それは見ものだね。私も見せてもらおうか」

「それが集中したいみたいで、クルクマさんも……」

「それじゃあ、私に外で寝ろってことかい」


代わりに村長の家に行ってくれとも言えず、俺の家も出来上がってはいない。

どうしようか返事に困っていると、クルクマさんが笑いだす。


「冗談だよ。私は隣の家にでも止めてもらうさ。その方が何かあったときに駆けつけやすいだろ」

「有り難うございます」


礼を言ってクルクマさんの家を後にした俺は、もう一度南の様子を見てみようと南の塀に向かった。

ルアファのしきる場所に顔を出したはくない。

高台の上からこっそり覗く。

相変わらずルアファが偉そうに指示を飛ばしていた。

人を使うことに小慣れているのか、思った以上に作業は進んでいそうだ。

俺が感心していると下から呼ぶ声が聞こえた。

シュロさんだ。かごを大事そうに抱えている。


「今帰ってきたところですか?」


痺猿ひえんの肉が大量に取れたとはいえ、狩人の仕事は変わらない。

まだ魔物が近くに帰ってくるには時間がかかるようで、木の実や植物採取がメインとなる。


「今日はそう遠くまで行ってない。早めに切り上げてやるべき事があるからね」


やる事とは、ムクロジの弔いだろう。

シュロさんが抱えているのも狩りで取ってきたものではなく、ムクロジの骨だ。


「手伝わせてもらってもいいですか」

「そのつもりで、君に声をかけたんだ。頼めるかね」


俺は頷き、高台を降りていった。

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