98.不真面目、真面目

クルクマさんの家は村の北側にある。西隣はログさんの家、さらに西へ向かえば畑だ。

俺は人気のない東側へ足を向けた。

今は人手のかかる南側に村人が多く、今日の見張りは北西と南東に立っている。

村の北東側は誰もいないだろう。

ナビの存在はあまり公にしない方がいいのかもしれないと、グリュイとのやり取りで気が付いた。

俺にはナビの存在を説明できない。

しかし、ナビの存在を突き止めようとする者が現れた場合、危機は全て俺に降りかかる。

デォスヘルやグリュイがすぐに俺に危険を及ぼすとは考えにくいが、いずれそうならないとは言い難い。

ならば、今から注意を払っていた方がいいだろう。

すでに遅いかもしれないが、少しでも遅くすることができれば、その間に何か策を思いつくかもしれない。


俺は薪ように積まれた丸太に座り、ナビを呼んだ。

もちろん声には出さないし、呼ぶ必要もなく俺の周りにいるんだが、こいつは身を潜める術を持っている。

御用があればお呼び出し下さいって事だ。用がなくても出てきたりするが……

ナビの姿を確認し、俺は閃いた考えをナビに伝える。

傍目には、俺は丸太に座り考え事をしているように見えているだろう。


身体強化には身を守る以外に隠し要素がある。

それは属性ごとに違い、風には爽やかな安らぎを感じる効果が付与されているのだという。

沙狼しゃろうと対峙したときに、相反する感情に困惑していた俺に、ナビが説明してくれた。


「身体強化をクメギに使いたと考えているのでしょうが、他の物は強化されません。触れてようが他に強化が移る、範囲が広がるという事もありません。あくまでも自己強化なのです」


ならば、自分から切り離されたものは自分といえるのか。

抜け落ちた髪の毛、切られた爪は自分なのか。

答えは否。身から離れた時点でそれは自分ではなくなってしまう。

自分であった物という概念だ。


それが液体ならばどうなのか。吹き出た汗は自分なのか。

雫として身から離れた時点で、自分ではなくなってしまうのか。

体外に排出されれば……


「無意識下で自分という存在を認めている範囲です」


だから、それが知りたいのだ、という俺の苛立ちをナビは真顔で受け止める。


「説明すると、あなたの無意識に意識が向いてしまう事になりますよ。それは、あなたにとって良い事なのか悪い事なのか」


範囲を一回意識してしまえば、その範囲内の無意識下という事になる。

俺が無意識に思う範囲が十だとして、ナビのいう範囲が八だとしたら、俺は八の範囲を維持できる。

逆に俺が思う範囲が六だとしたら維持できるのは六。

ナビに聞いた場合、俺は範囲を八と意識してしまうから、それ以下の範囲という事になる。

範囲を狭めてでも正確な範囲を知るべきか。

期待値を込めて今のままでいるべきか。


「悩んでいるようですね。それでは私が一つ助けてあげましょう。ここに一から十の目のサイコロがあります。今からこれを振って出たサイの目が、今からあなたの範囲としましょう」


運を天に任せろという事か。今の俺では正解が出せそうもない。

サイコロの出た目に任してみるのも一興か。

いや、まてよ。例えば一が出た場合どうなるのだ。

今より範囲が急激に狭まることになりかねない。


「格好よく身体強化と決めたとしても、あなたは体の一部が守れるだけの存在になり下がります」


部分強化という事か。それでも大事な所が守れるなら……


「守れる体の部分はランダムになります。運が良ければ村長のようにならずに済みます」


膝が守れるならそうだろうが、痺猿の肘が飛んでくる確率は相当低いはずだ。

少しポジティブに考えてみよう。

十が出る確率だってあるんだ。十が出た場合はどうなるのか。


「体全体を守ることができます」


部分的に守ることに比べたら、十分にすごい事だろう。

だが、それは今の状況とどう違うのだろうか。


「何も違いはありません」


助けると言っていたよな。これのどこが助けになっているのだ。


「今は無意識下で全身を守っているのみ、それがサイの目で十を出すことにより、意識下でさえ全身を守れるのです。これが助けにならないとは言わせません」

「だから、それは今の状況と違わねえって言ってんだろうが!」

「無意識に感じている曖昧な範囲が、くっきりと意識できるのです。これほどの違いが分からないとは、あなたは可哀そうな人ですね」

「試しに聞くが、意識してどうなるのかな」

「自分は意識できていると満足できます」

「それだけか」

「それ以上でもなく、それ以下でもありません」

「お前の話を真剣に聞いていた俺が馬鹿だったよ」

「お褒めに預かり有難う御座います」

「褒めてねえ!」


久しぶりに俺はナビを地面に叩き付ける。

声に出さないように我慢してたというのに、台無しにしてくれやがって。


「ん? 待てよ。飛躍的に範囲が広がれば、その範囲内は効果があるのか?」

「その分の衝撃が和らぐという意味でしたらあります」


さっきまで地面に張り付いていたというのに、憎たらしいくらい平然と飛び上がりナビは俺に答える。


「違う! 範囲を広げ包み込んだとしたらその中のものは安らぎを感じるのか?」

「どうでしょう。戦闘中にそんな事をして自分を守る人はいませんから、分かり兼ねます」

「じゃあ、試しにやってみるか」


俺はデォスヘルを呼び出すべく、指輪を指で弾いた。

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