97.裏に潜む可能性

「気に入ってくれたって事は俺の意見も飲んでくれるって事か」

「それとこれとは別だよ」


そう言うとグリュイはもう遊びは終わりだと言わんばかりに、村へと返っていく。

急に闇が身近に寄って来たように感じて、俺は慌てて追いかけた。

途中、振り返ってモフモフを見たが、満腹になって満足したのか鼾をかいて寝ている。

眠りながら穴を掘り、徐々に埋まっていくのは本能なのだろうか。

そのまま鼾をかいて寝られるよりは、地中にいてくれた方が安全だ。

火の玉が消えていき、モフモフも闇の中へ消えていった。


虫は森へと移動を始めていた。求める先は痺猿ひえんの死骸だろう。

森の中にも鶚薦がくせんに吹き飛ばされた痺猿の死骸が転がっている。

数もそう多くないだろうから、明日にもなれば片付いているに違いない。


村長に原因は痺猿の死骸を奪い合っていたのだと説明した。

疲弊の見える顔に細かい説明をぶつけるのは酷というもの。

俺は話の大筋を話すに留めた。まだ解決していない問題もある。

そして、やらなければいけないことも山積みだ。

やることに押しつぶされるより前に、俺は眠気に押しつぶされた。

見張りに立ってくれている村人に感謝をしながら……


次の日、俺は痛みの残る体を解しながら、村南の惨劇を見た。

苦労して建てた塀は傾き、爪痕の残る柵が散らばっている。

折れた槍が地面に突き刺さり、掘り返された痕の残る地面に投石が転がる。

惨劇の主人公であるはずの痺猿だけがいない奇妙な光景だった。

奇妙なのは景色だけではない。

普段はいるはずの無い男がここを片付けようと村人に指示を出していた。

その名はルアファ。


「やけに張り切ってるね、あのおじさん」


いつの間にか、グリュイが傍に立っていた。

ルアファが張り切るとよくない事が起こる。

自分から進んで村の外に出て来ることなど決してなかった。

これは何かを企んでいるに違いない。


「よくない事が起こりそうだな」

「あのおじさんは、片付けようと指示しているだけでしょ」

「今、確信した。良くない事が起きるな」

「何か見つけた?」

「お前だよ、グリュイ。お前の口調が変だ」

「ありのままを口にしたんだけど、お兄ちゃんぐらいじゃないの。そんな怪しい顔しているの」

「じゃあ、お前はルアファが心を入れ替えて、村のために真摯に働いているとでも思ってるのかよ」

「自分の村だから真摯に働くのは当たり前でしょ」

「何か裏がありそうなんだよな」

「妄想が過ぎるよ。あのおじさんは村の外から来た人が嫌いなだけで、村が嫌いな訳じゃないんだよ」

「ぐっ……確かにな」


グリュイのいう言葉は納得は出来る。

しかし、村のために忠実に働いているルアファも不気味だ。

見慣れていないだけなのか。

いつも家ではぐうたらな親父が、仕事場では頼れる上司っていうのを見せつけられた時の心境のようだ。

ルアファは親父でもなければ、頼れる上司でもない。

という事は、この例えは間違っている事になるのか。

考えがずれていっている事に気が付き、俺は首を振った。

ルアファの毒気にやられたのか。昨日の疲れが残っているのか。


「お前ら、そこに突っ立って何をしている!」


苛立っている時に元凶から声をかけられ、俺は思いっきり睨み返す。

もちろん俺が返す前にルアファは俺達を睨み、邪魔だの出て行けだのと罵声を浴びせてくる。

周りで片付けている村人が、またやっていると言わんばかりの呆れた視線を向けてくるのが分かった。

それでも、これだけ罵倒されれば俺も黙ってはいられない。


「うるせえ! お前は、親父でもなければ頼れる上司でもねえんだよ!」

「なぜ、私がお前の親父にならなければならんのだ! ふざけるのも体外にしてもらおうか」

「お前なんか、地中に眠るモフモフでも掘り当てて騒ぎ立てればいいんだ!」


こんな所に長居は無用だ。俺は足早にその場を後にした。


「あの男は何を言っていたんだ」

「さあ?」


俺のいなくなったその場には困惑だけが残っていた。


南の状況も知れたし、村の人が修復に動いてくれることが分かれば、俺が加わる必要もないだろう。

俺にはもっと重要なことがあるのだ。

それは、クメギを元に戻すこと。

スキルの力で体の傷は癒えているが、精神的に回復させなければいけない。

精神を安定させるスキルもなければ、それを取るポイントもないとなれば、神頼みしかないのか。

精神を安定させる。精神の安定。どこかで説明された言葉だ。何かが一瞬閃いて消えた。


「おや、クメギの様子を見に来たのかい?」


気が付くとクルクマの家の前まで来ていた。

途中まで付いて来ていたグリュイは、ログさんの畑を見に行くと言っていたような気がする。

クルクマさんはこの村の調合師で、家は診療所としても使われている。

そして、この診療所にクメギは寝ていた。


「クメギは、まだ……?」

「ああ、私は怪我や傷にはちょっと自信があるんだけどね。心を癒す薬は貴重で、私は作り方を知らないんだよ。あったとしても高価で買えないだろうしね」

「それじゃあ、自然に回復するのを待つしかないんですね」

「私の力では気休め程度にしかならないだろうね。いつも横にいるあの子の方が私より詳しそうだけど、力を貸してもらえないかね」

「グリュイの事ですか。あいつの力は……」


グリュイの力は記憶を消す事、惑わす事。

これは敵を攻撃する力で、味方を助ける力ではない。


「そう……、あの子の力は守る力ではないのね」


残念そうに眉根を寄せるクルクマさんを前に、俺は気が付く。

俺の力ならば出来るかもしれない。

今まで正攻法でやってこなかった俺だから出来る気がする。

俺はクルクマさんにまた来ることを伝え、人気のない場所に移るとナビを呼び出した。

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