83.能ある……は爪を隠す

「ボス猿が痺猿だってこと忘れてないよね」


不安げな声でグリュイが俺を見上げてくる。

俺だって馬鹿じゃない。

痺猿を従えて来た時点で、痺猿だって事は理解している。

図体がでかかろうと、あいつは痺猿であることに間違いはないだろう。

ボス猿とは言っているが、痺猿と区別して言っているだけで、痺猿のボスであることは変わらない。

しかし、グリュイが聞いている意味は違うはずだ。

ボス猿と痺猿たち、その違いを考えれば、何かが見えてくる。

違いはすぐに分かった。簡単すぎて気づけなかった。

しかし、それに気づくと疑問も沸く。


「なぜボス猿は、爪を使わないんだ?」


グリュイは俺の疑問に満足したのか、戦っている方へ向き直る。


「考えられることはいくつかあるよ」


グリュイが上げた仮説はこれだ。

・ボス猿になる過程で爪がなくなったか、元からない

・手の中に大事な何かを握っている

・使うほどの相手ではない


一番最後がそれらしく聞こえるが、考えられるのは一番初めだ。

痺猿を大きくしたら爪もでかくなる。

その爪で拳を握れるのか。

長い付け爪で箸が握れるのか。

ちゃんと使えるかは別として、頑張れば箸は握れる。

しかし、爪が見えないほどの拳を握るのは無理だろう。


「ボス猿は……」


言いかけて、さっき聞いたグリュイの言葉を思い出す。

、とグリュイは俺に忠告をした。

痺猿の特徴である爪をなくしては痺猿ではなくなる。

しかし、拳の中に爪を隠しているようには見えない。

ならば、他に隠し場所があるという事か。


俺はもっと忘れてはいけないことを思い出す。

ここは、俺の中の記憶を考察して出来上がった世界。

そして、ナビは一番反映されたのがゲームとも言っていた。

ならば爪が何処にあるかは、自ずと見えてくる。

ボス猿の爪は体内に隠れている。

何かの拍子で飛び出てくるに違いない。


「……ボス猿はまだ追い詰められていないのか」

「お兄ちゃんでも勝つのは無理かもね。今のままでは」

「また含みのある言い方しやがって、何が言いたい」

「お兄ちゃんは僕らとは違う成長の仕方が出来るんじゃないの。正確には成長じゃないか。そう、瞬間的に会得できる力があるとでもいうべきかな」


グリュイは俺がポイントを使い、能力を得ることに勘付いているのか。

いや、今はそういう心配をしている時じゃないだろう。

それに、気付かれていたとしても他人がどうこうできる問題じゃない。

本人でさえ分からない仕組みなのだから。

グリュイの言っている事は分かる。

今持っている俺の攻撃魔法では、ボス猿に致命傷は与えられない。

一段階スキルアップを考えるべき時なのか。

今あるポイントは二つ。

取ろうと思えば取れるが、魔法を取るかスキルを取るか。


「考える時間は少ないよ」


グリュイの言葉とボス猿の雄叫びが重なった。

突き上げた槍が折れ、代わりの槍を求め伸ばしたシュロさんの腕に巨大な拳が振り下ろされる。

地が鳴り、揺れるほどの衝撃。

痺猿の死体に埋まったシュロさんの姿を見る事は出来ない。

ムクロジが振り下ろした拳に切りかかるが、もう片方の腕が残っている。

ボス猿が振り上げた腕を紙一重で躱したムクロジだが、体制が崩れている。

ここで、ボス猿は拳を開く。

掴みかかるかのように伸びた手から爪が伸びる。

ムクロジは後ろに飛ぶが、爪の伸び分足りない。

しかし、ムクロジは空中にいながら横に避ける。

クメギがムクロジを引き寄せたのだ。

爪が伸びようとも横には曲がらない。

爪が空を割き、ムクロジとクメギが折り重なるように倒れこむ。


何とかしなければという思いで、俺は塀から飛び出していた。

痺猿の屍に転がり降り、ボス猿へ駆る。


ボス猿の攻撃は止まらず、二人を襲う。

ぎりぎりで避け、立ち上がってはいたが、すでにクメギの存在はばれている。

動きの遅いクメギが狙われることは必然。

ボス猿はムクロジの攻撃を意に介さず、クメギを仕留めることに集中していた。

躱すことに徹しても、ボス猿の攻撃は避けきることは困難だ。

案の定、クメギは足場の悪い地面で躓き、バランスを崩す。

クメギを狙う痺爪。それは、躱す事の出来ない一撃。

その間に入ったのはムクロジだった。

ムクロジの背中から腹に爪が抜ける。

一瞬、驚いた表情を浮かべたクメギが吐いたのは言葉ではなく、血の塊だ。

巨大な爪はムクロジの体を貫き、クメギをも穿つ。

あれほど攻勢に見えていたのに、勝負は一瞬で決まる。

グリュイの予見していた事だとしても、信じられなかった。


俺は三人の連携に勝てるという思いを抱いていた。

浅はかな考えだった。強くなったと勘違いしていた。

村全員でかかれば、ボス猿であろうと倒せると思い込んでいた。

全て間違っていたのだ。俺の甘い妄想でしかなかった。

止まっていた怒りが、動き出す。

誰かに対しての怒りではない。

自分に対しての怒りとして。


俺の選択は決まっていた。

走りながら、ナビを呼ぶ。

半透明の画面が、俺の前に浮かび上がった。

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