82.渾然一体

「今僕たちが話している言葉は、人間には風が葉を擦る音にしか聞こえない。分かる? この村人の前で僕たちは戦いを傍観しているだけに見えているんだよ」

「だからなんで、そんな事すんだよ」

「ここにいる人たちの仕事は痺猿ひえんが去った時点で、もう終わっているんだ。出番を終え、ステージを降りたんだよ」

「話が全く見えてこないんだが……」

「ステージを降りた時点で、この後のシナリオは関係ないでしょ。この流れが自然の流れだと思わせていた方がいいんだよ」

「何を企んでやがる!」

「何も企んでなんかいないさ。それよりシナリオはもう次に進んでいるよ」

「何だと!」


見れば、クメギとシュロさんがボス猿へと走りだしていた。

ムクロジがどう動くかも分からない状態で、あの戦いに加わるのは危ない。


「何で、戦おうとしているんだ! 混乱を生むだけだろ。グリュイ、お前が嗾けたのか!」

「人聞きの悪いこと言わないでくれるかな。僕は秘策を教えただけだよ。お兄ちゃんに分からないようにね」

「だから、分からないように言う意味を聞いてんだろうが!」

「お兄ちゃんにその秘策を言ったら、あそこに加わるでしょ」

「当たり前だ!」


眼下ではクメギとシュロさんが、ムクロジの脇を抜け、ボス猿に飛び掛かろうとしていた。


「お兄ちゃんが、あの戦いの中で連携が取れると思ってるの?」


込み上げた怒りは、その言葉で止まってしまった。

俺があの中に加わったとしても、場を乱すのは確実だ。

クメギとシュロさんならば、お互いにどう動くか瞬時に理解できるだろう。

そして本能的に動くムクロジの動きも、長年の経験から掴めるはずだ。


「今あの二人は、屍から感知されにくい存在になっている。僕の秘策でね。ボス猿は見えない角度から攻撃されていると思うだろうね」


ムクロジの攻撃が主体となり、ボス猿に攻撃を仕掛ける。

その脇からクメギとシュロさんの槍の攻撃が続く。

痺猿を攻撃するのに投げた槍は至る所に刺さっている。

替えはいくらでもある状態だ。

それより気になるのは、ムクロジが二人の事をまったく気にしていないように見える事だ。


「あの二人は全く感知されてないのかよ」

「そこまで便利なものじゃないよ。さっきも言ったけど連携が取れているからこその攻防とでも言ったらいいのかな」


グリュイの説明だとメインをムクロジにすることで、ボス猿からの攻撃をムクロジに集めているという。

ただでさえ、存在感の掴めない二人がムクロジの陰に隠れることで、より見難い状況を作り出しているのだ。

さらにムクロジの動きの邪魔をしていないばかりか、動きを合わすことでムクロジは自由に動ける。

クメギとシュロさんのアシストが上手いのだ。

ムクロジからしたら二人の存在は気になるが、実態が掴めず目の前には強敵がいる。

その状況でムクロジが二人を振り払うか。答えは否だ。


戦いは激しさを増し、ボス猿の怒号が響く。

ここに俺が加われるはずがない。

今まで培ってきた狩人の動きを真似れるはずがない。

悔しさか、嫉妬か。俺は知らずに歯を噛み締めていた。


「連携は戦闘レベルが違えば、足枷になる。強い者をメインに他がアシストに入る事でそれを補っているんだよ。あの三人の戦いは、この状況になる前からやってた感じだね」


グリュイは顎に手を置き、自分の講釈に酔っているようだ。


「僕が予想してたより、かなりボス猿を追い詰められているね。そして、この連携は更なるものを呼び出すんだ。何かわかる?」


俺は黙って首を振る。


「過去と似通った状況になる事で、屍に恨み以外の感情を呼び起こす」


あの戦い方はムクロジに、狩人としての記憶を思い起こしているのだろうか。

激しい戦いの中で、かつて三人で戦った頃の思いを蘇らせているのだろうか。

ここからでは表情は見えないが、クメギとシュロさんが戦いだしてから更にスピードが上がっているように感じる。

ムクロジを主体に置くことは変わらず、攻撃が多彩になっている。

ムクロジがフェイントをいれ、それに対応したシュロさんが右から槍を突き上げる。

そこへムクロジが左からの攻撃。

ボス猿も安易にムクロジの攻撃は食わない。

しかし、陰からクメギの槍が襲う。

針を通すかのごとく、死角から襲うやりにボス猿は苦戦を強いていた。

ボス猿にはムクロジしか見えていないだろう。

それほどまでに二人はムクロジに同化していた。

ムクロジの握る短剣が、気づけば刃を伸ばし奥深くまで入り込んでくる。

狙いは手首ではなく、腕であり、脇腹なのだ。

一撃では硬い皮膚のボス猿に深手を負わす事は出来ない。

しかし、それが繰り返されれば話は別だ。

ボス猿の小さな傷口から漏れていた霧は、徐々に量を増していった。

この流れならボス猿を倒せるかもしれない。

圧倒的な力量の差を埋めて勝てるかもしれない。

戦いに見入ってしまい、つい体に力を込めてしまう。


「でも、あの三人ではボス猿に勝てないよ」

「馬鹿言うな。勝てそうな雰囲気じゃねえか!」


俺は水を差すグリュイを見ずに受け流す。

この勢いを変えられるはずがない。


「見てれば分かるよ。形勢は一気に傾くから」


見透かしたようなグリュイに俺は鼻を鳴らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る