75.誰が為に

この作戦を決行する前に俺は、戦い方について見直していた。

戦い方というよりは魔法の使い方と言った方が良いか。

そこで、分かった事がいくつかある。


一つは魔法の軌道。

魔法を放った時、俺は直線的に対象まで飛ぶものだと思っていた。

しかし、放つまでに軌道をイメージする事で、曲線を描くのだ。

野球でいう変化球と似ている。

今まで俺は勝手な思い込みで、玉を浮かべてから放つまで着弾点だけを注視していた。

対象目掛けて放てば、当然、直線的に対象に向かうだけだ。

放つ事が少なかった事で、曲線を描くという事に気付けないでいたのだ。

軌道をイメージする事で、動く対象でも死角から曲線を描き迫る。

特に風の玉は円盤状で縦から横へと円盤を傾ける事で他の属性より鋭利に曲がる。

曲がる角度に多少のズレはあるが、着弾する場所が合っていれば問題ない。

石を投げるより魔法を使った方が命中率が良いのだ。

咄嗟に放つ場合は意識できないが、こちらから仕掛ける場合は軌道を意識し、スピードの変化も付けれるようになった。

まだ完璧とは言えないが、単発の魔法で効かないのは目に見えている。

失敗を恐れていては何もできない。

この技を早速、ボス猿に試してやる。


俺はボス猿へ向けて、地面すれすれに風の玉を放った。

風の玉は地面に横たわる痺猿を掠め、高速で回転しながらゆっくりとボス猿へ向かっていく。

これで終わりじゃないと俺は足に力を込め右方向に飛び、着地した地点から地面すれすれの風の玉を放つ。

これも回転は速いが移動はゆっくりだ。

前方から向かう二つの玉より早く、俺はボス猿へ突き進む。

当然、ボス猿は俺に向けて拳を振り下ろしてくる。

何度も見た攻撃だ。

その拳を何とか躱し、その腕を伝って後方に飛ぶ。

空中で新たな風を作り、着地後に左へと走る。

そこで最後の風の玉を放つ。


魔法の使用法でもう一つ分かった事は、放った後に次の魔法が即座に使えるという事。

これを風の身体強化を使ってスピードの上がった状態で使えば、四方から風の玉が迫る。

それも軌道はそれぞれ違うのだ。

前方からの二つが足を狙い迫れば、躱そうと上へ飛ぶ。

しかし、それは計算済み。

急激に角度を変え地面から浮き上がる風の玉。

どれだけの筋力があろうとも、空中では動きようがない。

更に後方からも二つの風の玉が迫る。

俺の力では、一つの玉で切断までは出来ない。

俺の投げた風の玉は腕の筋力で止められてしまった。

しかし、四つの玉で同じ所を狙えば、それが可能になるはず。

狙いは首だ。


飛び上がったボス猿に四方から首へ向け風の玉が迫る。

逃げ場はなく、四方からの攻撃を躱せるはずもない。

風の玉がボス猿の首に深々と突き刺さる。

血の代わりに霧が吹きあがった。

蒸気の様に首の後ろから吹き出し、視界を白く埋めていく。

ボス猿の前方からも霧が下へ向けて吹きだしているのがわかった。

やったか。俺は目を凝らす。

ボス猿の悲鳴と混ざりあい霧が広がった。


後一発魔法を打てば枯渇する。

仕留めきれなければ回復するまで逃げなければいけなくなるが、俺が逃げる事で村に標的が移るのはまずい。

手の届く範囲で引き付け、回復を待たなければならない。

ボス猿の声が徐々に小さくなり、濃い霧の中で何かが崩れる音が響く。

霧の噴出の仕方から言って切断は出来なかったのだろう。

しかし、深手を追わせているのは霧の噴出量で分かる。

霧の充満した中で俺は耳を澄ます。

村人がざわついていた。


「何だこの霧は! 何も見えんではないか!」


ルアファが叫んでいる。

他の村人も叫んでいるというのに、なぜルアファの声だけ聞き取れるのか。

良い声しやがって。


「おじさんのせいで、作戦が台無しだよ」


この間の抜けた声は、グリュイか。


「貴様は仮面の子供! やはり、村を陥れる作戦を立てていたのだな!」

「村を陥れたいのはおじさんじゃないの?」

「何を言う! 私は村の為に動いているというのに」

「事態が変わろうとしているタイミングで指揮を挫く事が村の為なの? 結束して事に当たっているのを分裂させることが、村の為なの? 事実を捻じ曲げ、自分の意見を通すことが村の為なの? 全部おじさんの為なんじゃないの?」

「言葉で惑わそうと出て来たな! だが、貴様の好きにはさせんぞ!」

「おじさん一人で何が出来るっていうの」

「私には仲間がいる!」

「思い通りに動いてくれるのを仲間だと思ってるの」

「うるさい!」


怒りを滲ませたルアファの声が、小さな鈴の音に吸い込まれる。

次に聞こえたのは、ルアファの悲鳴だ。

グリュイが何かやったのはわかったが、この霧の中、何が起こっているかまでは分からない。

さっきまで言い争っていたシュロさんの声が、聞こえていないのも変だ。

俺がボス猿と戦っている間に何が起きたんだ。


「グ、グリュイ、何やって……んだ!」


喉は痛いが、辛うじて声は戻って来ていた。

しかし、これが仇となる。

霧の中から黒い腕が生えた。ボス猿の腕だ。

声に反応して攻撃してきたのだと分かった時には、俺は地面に叩きつけられていた。

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