74.手を差し伸べるのは誰

「なぜ、黒い魔物がいるのだ!」


聞き覚えのある声に、俺は塀を掴みながら顔を上げる。

今、俺が一番会いたくない人物。ルアファがそこにいた。

ルアファはモフモフを指差しながら、喧騒の中でも通る声で言う。


「あの黒い魔物は貴様が操っていたのか!」


身振り手振りで否定するが、ルアファは見てすらいない。

声が出たとしても聞き入れないのだ。

いくらジェスチャーを繰り返そうが、気にも留めないだろう。

俺は痛みと言い返せない悔しさで歯を噛み締めた。


モフモフとボス猿が殴り合う音が響く。

痺猿ひえんが森に引き上げた事で、村人も手を止め始めた。

蘇った痺猿ならば怨念に突き動かされ、動けなくなるまで戦おうとするだろう。

引き上げるという事は、復活したボス猿の声に集った痺猿、蘇った痺猿の脅威は無くなったと見て良い。

この戦いは村を守る戦いであり、追撃する必要はない。

残るはボス猿のみ。

ボス猿を仕留めてしまえば、この戦いは終わりのはずだった。

しかし、悪いタイミングでルアファが出て来てしまった。


喉を潰され声が出ない俺とは対照に、口の回るルアファの独断場となれば、必死に戦っているモフモフが槍を向けられるかもしれない。

もちろん、俺にも矛先は向くだろう。


「何をしている。村を守る為に武器を取るのだ。あの魔物達に向かって我らの力を見せてやろうではないか」


今更出て来て何を言っていると言ってやりたいが、今の俺には塀を登って言い返すことすら出来ない。


「ルアファ、指揮は私が一任されている。勝手な行動は慎んでくれ」


シュロさんの声だ。

俺がいなくてもシュロさんが代わりにこの場を収めてくれるはずだ。


「これで指揮を取っていると言えるのか! 魔物同士の争いを黙って見ているだけではないか。この中に使い魔を黒い魔物と見抜いた者がいたのか。我等を影で笑い良からぬことを企んでいる者がいるというのに、ただ黙って見過ごせというのか!」

「全てを敵に回すほどの力は我々にはない。味方と敵を見ぬき、協力していかなければ我らなど簡単に滅んでしまう」

「シュロよ、お前は家を壊され、村の中を我が物顔で歩かれていたと分かっても怒りが沸いてはこないのか! あの黒い魔物は村を壊しに来たのだぞ!」


戦いの場で起こった言い争いに、他の村人は狼狽えるばかりだ。

それはそうだろう。村の中心人物と言われる二人が対立しているのだ。

こんな事をしている場合ではないと分かっていても、止められる訳がない。


「村は襲われた。しかし、彼が魔物を退けてくれたんだ。それ以上に、村を直し住みよい村へと作り変えてくれたじゃないか。使い魔も村に貢献していたではないか。彼が変えてくれたんだ! 今も村にために戦ってくれているのは、あの使い魔だ! 私達の仲間が落ちた時、一番に駆け寄ったのは彼だった。彼が身を挺して救ってくれたから仲間は一命をとりとめたのだぞ。代わりに傷ついている彼らを前に、お前は敵だと言えるのか!」

「ああ、言えるとも。逆に、なぜお前は簡単に信じる事が出来るのだ。怪しげな術を使い、魔物さえ操る者共に脅威さえ感じる。そんな奴らを仲間と呼べるわけがない!」

「力で言えば彼らには敵わないだろう。彼らがこの村の破壊を望めば村は簡単に壊れてしまうだろう。だが、彼らはしなかった。彼らの力にすがり、助けを乞う事がこの村の最善の道だった。彼が手を差し出してくれたからこの村はここまで強固になったのだ」


シュロさんの言葉に俺は首を振った。

一番初めに手を差し伸べてくれたのは村長だ。

そればかりか食べ物もくれた。

だから、俺はこの村に戻って来れたのだ。

俺の話を何処まで信じてくれているのかは分からないが、俺をこの村にいさせてくれたのは困っていると見抜いたからだと思う。

この村が無ければ俺は、何も出来なかっただろう。

この村があったおかげで俺は、俺達はここまでこれたのだ。

そうだろ、モフモフ。


俺はふらつく足で立ちながら、戦うモフモフへ目を向けた。

ボス猿もスピードは弱まっているが、ダメージはモフモフの方がありそうだ。

モフモフが高々と掲げた木槌がやけに小さく見えた。

ボス猿に叩きつけた木槌は簡単に砕け、代わりに叩きつけられた剛腕がモフモフに深々と突き刺さる。

普通に殴った方が強そうなのに、なぜ取って置きみたいに道具を出してしまうのか。

傾いたモフモフが次に取り出したのは吹き矢だ。

指先で器用に挟んだ吹き矢は小さな小枝に見えた。

大きく頬が膨らみ圧縮した空気を吹きだす。

破裂した音が響き、小枝は木っ端微塵になった。

小さい時で木に減り込むくらいだからな。

大きなモフモフの肺活量に耐えられる訳がない。


消えた吹き矢にびっくりして一瞬、モフモフの動きが止まる。

すぐ理解したのか哀しそうな顔をこちらへ向けた。

そこへボス猿の拳が振り下ろされる。

重い打撃音に苦鳴が重なり、モフモフがゆっくりと崩れていく。


「モ……モフモフ!!」


皺枯れた声が出た。それは、叫びだった。

もう後の事などどうでも良くなった。

俺は、このボス猿を倒す。

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