60.噛み合わない

「無事に帰ってくる事。それが条件だ」


シュロさんは既に俺達が何をするのか気付いていた。

シュロさんも誘うかと考えたが、村にそれほど余裕はない。

二人して狩人が向けるのは無理だ。

仕事で頼りになる二人に抜けられたらどうなるか。

簡単に想像がつくはずだ。


「分かってます。クメギは必ず無事に返します」

「条件には君も含まれている。君もちゃんと帰ってくるんだ」


シュロさんの優しさに口元が緩みそうになるのを絶える。


「分かりました。二人とも無事に帰ってきます」

「明日の昼から夕暮れまでクメギを君に任せよう。夕暮れまでには必ず村に帰るんだ」


シュロさんに頷き俺は家を後にした。

必ず良い方に転がるはずだ。胸の中でそう唱える。

まだ時間は早いが、明日に備えて早めに寝といた方が良いだろう。


俺が村長の家に戻ると、中がやけに騒がしい。

またルアファが来ているのだろうか。

来ているなら寝るどころの話ではない。

溜息を吐きつつ中を覗いてみる。


「なんでお前がいるんだ?」


それはモフモフと対峙する人物に向けられた質問だ。

その人物とはグリュイである。


「遅かったね」


グリュイは当然の様に俺を出迎えた。


「遅かったねじゃねえよ! 帰ったんじゃなかったのかよ」

「僕が何もせずに帰る訳ないじゃない」

「これ以上、面倒を起こすつもりじゃないだろうな?」

「村の人に認められたみたいだし、僕の事で面倒を起こすつもりはないよ」


夕食でのやり取りを何処かで見ていたのだろう。

村長もルーフもおかしな所はなく、グリュイを受け入れているようだ。

見た目は怪しいが、話し方もおっとりしているし、普通の子供のように感じる。

しかし、何もされていないと信じて良いのだろうか。

俺も怪しい術にかかっているかもしれない。

そもそも、グリュイがデォスヘルの使いかも確認していないのだ。

俺はすぐさま家を飛び出し、指輪を三回弾く。


「なんだ?」


すぐさま返事が来た。

いつも暇なのだろうか。暇なのだろう。

俺の事も暇つぶしだと言っていたしな。


「グリュイっていう仮面ローブ姿の子供が来たんだが、デォスヘルの使いなのか?」

「そうだが、何か面白い事でもあったか?」

「何もねえけど、一応確認だ」

「詰まらん。何か面白いネタがあれば連絡してこい」

「詰まらんってなんだ……」


既に切れていた。何てそっけない奴だ。

しかし、グリュイが使いだという事は確認できた。


「少しは僕のこと信用できた?」


家に入ると見透かしたようにグリュイが言った。


「ま、まあな」


とは言ったものの、俺にとってデォスヘルも信じきって良い存在ではない。

警戒は怠らないでおこう。


「それより、俺は自分で解決すると断ったはずだが」

「うん、だからやり方を変えればいいんでしょ」

「他に何かしようとしてんのか?」

「今は何もないから暫く村にいるつもりだよ」

「そんなの通る訳ないだろ!」

「もう村長には話してあるよ」

「ああ、グリュイ君もゆっくりしていくが良いよ」


話を聞いていたのか村長が加わってくる。

既に話は付いているのか。

このままグリュイが村に居つく事を認める訳にはいかない。

何かしら問題を起こすに違いないからだ。

村長の警戒の無さがそれを物語っている。


「村長は黙ってて!」


俺は近寄って来た村長を撥ね退ける。


「お兄ちゃんは酷いなあ」

「変な術で村人を惑わす方が酷いだろ!」

「それは、ほら、お兄ちゃんみたいに怪しまれたくなかったから。大変だったらしいね」

「何処まで俺の話聞いてんだよ!」

「安心して良いよ。お兄ちゃんには使ってないから」

「信用できるかよ!」

「使ってれば、今みたいな状況になってないよ」

「それは一理あるな」

「でしょ。そういう訳でよろしくね」

「よろしくねじゃねえよ!」


俺の突込みにグリュイは溜息で応える。


「泊っていけって言ってたよね?」

「せっかく来てもらったのにすぐ返すのは悪いかなと」

「そうだよ。遠くからわざわざ来たのに、この扱いはないと思うよ」

「だからと言って村人を惑わすのは駄目だろ!」

「お兄ちゃんだって惑わしているくせに!」


確かに、隠し事はしているが惑わしてはいない。


「それはどういう事だね?」

「村長は黙ってて!」


会話が切れたタイミングで寄って来た村長を撥ね退ける。

隙あらば寄って来るな、この新し物好きの村長め。


「人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ」

「そうやって都合の良い様にやってるだけじゃないの」

「俺はお前みたいに操ってないからな」

「だから、僕ももう他の方法でやるって言ってるでしょ」

「その違う方法はどんな怪しい方法なんだ?」

「怪しくないってば!」

「そもそも、お前みたいな子供が解決できる問題じゃねえんだよ!」

「どっからどう見ても僕は大人だよ!」


「そうだな。グリュイ君はもう立派な大人だな」

「村長は黙ってて!」


白熱した二人に突き放され、家の隅で落ち込む村長。

それを宥めるルーフ。


言い争いは収まらず、夜は更けていった。

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