61.平行線
次の日の朝、俺は欠伸を噛み殺しながらまだ出来ぬ家を見ていた。
家の土台に枠組みだけが組み上がっている。
木を繰り抜く工程がネックになっていただけで、それがクリア出来た事で作業も順調に進んでいるようだ。
喜ばしい事なのに今の俺には溜息しかつけない。
なぜなら隣にグリュイがいるからだ。
昨日の晩遅くまで言い争った結果、俺が折れる事になった。
否定するなら知られないようにやる、と出て行こうとしたグリュイを俺は引き止める。
危なっかしい子供は目の付く所に置いておくしかないじゃないか。
腰に紐でも繋いでおきたいくらいだ。
クメギの事で忙しいのに、厄介事が増えてしまった。
しかし、俺もただで折れたわけじゃない。
グリュイが村にいる間の条件を付けた。
・村の人は惑わさない
・必ず俺の目の届く範囲にいる
・デォスヘルに聞いた俺の秘密は話さない
・グリュイの方法でログさんとの仲が戻らなくても一回きり
俺としては何事もなく無事に終わって欲しい。
俺は気持ちを切り替え、日課である水の補充をしに家を回りながらグリュイを連れ歩く。
まだ術が効いているのか、夕食の紹介で納得したのか分からないが村の人達はグリュイを普通の子供のように扱った。
こうまで普通に扱わられると、俺の考え方が間違っている錯覚に陥りそうだ。
水の補充は満遍なく各家を回る。ログも家もだ。
ログさんの奥さんと何気ない会話をしながら水を壺に落とす。
ログさんはいつもの事ながら畑仕事に精を出していた。
こっちに気を向けることなく熱心に畑を耕している。
「あの人がログって人?」
遠目にログさんの様子を見る俺の横で、グリュイが俺の外套を引っ張った。
俺は渋い顔で頷く。
「そう、ちょっと話してくる」
「おい、ちょっと待てよ」
制止も聞かずにグリュイはログさんの元へ駆けていき、俺は溜息を吐きだす。
それはグリュイの事を考えてなのか、ログさんに距離を感じている自分になのか。
ログさんは普通にグリュイを向かい入れていた。
それどころか土を掴み何やら話している。
時折、見せるログさんの笑顔に俺もそんな仲だったのだと遠い昔の事のように思った。
別れた恋人かよと自分に突っ込みを入れつつ、また溜息をついた。
「ちょっと、何やってんの!」
いきなり怒鳴られ、現実に戻される。
水瓶から溢れる水に奥さんが慌てて駆け寄ってきていた。
家の入口脇とはいえ、水浸しになるとまずい。
「すいません!」
床は土だが踏み固めてあってなかなか水が吸い込まれていかない。
慌ててるうちに水が広がり、何もできない俺。
後はやっておくからと尻を叩かれ、家を追い出された。
「なにやってんの、駄目でしょ」
何時の間にか戻って来ていたグリュイが、子供を叱るように言う。
「うっせ!」
思わず返したものの、これではどちらが子供か分からない。
「これだから最近の子供は」
「お前は今の子供だろうが!」
「これだから昔の子供は」
「強引に子供に持っていこうとすんな!」
呆れたようにグリュイは首を振った。
「それより、ログさんと何話していたんだ?」
「土の話だよ」
「お前土に詳しいのか?」
「僕と土は切っても切り離せない仲だよ」
「どういう事だよ」
「どういう事だろうね」
グリュイはその事について何も言おうとしなかった。
「言えない事か?」
「お兄ちゃんにも言えない事くらい沢山あるでしょ。そういう事だよ」
「そういう事は大人が言う事だろ」
「だって大人だもん」
「何処から見ても子供だろうが」
「そう見える? ならそうなんじゃない」
「何だよ、その思わせぶりな言い方は!」
グリュイは無邪気に笑った。
笑い声は子供なのに木の仮面が不気味だ。
「今更だけど、なんで仮面付けてんだ?」
「またそうやって僕の事を聞く。僕の事は良いからお兄ちゃんの話を進めようよ」
「相手を知らないと進む話も進められないだろ」
「何で? お兄ちゃんと僕はこんなに仲がいいのに」
「まだ信用してねえよ!」
「じゃあ、信用できるように頑張るよ」
「頼むから頑張らないでくれ」
「えー、何で?」
「変に頑張られたら、取返しが付かなくなりそうだしな」
「わかった。ちゃんと頑張るよ」
「だから頑張るなって!」
グリュイとの話は平行線のまま終わりが来ない、と改めて思い知らされた。
そんなこんなで昼を迎える。
村にクメギが戻ってきた所で、準備してあった道具の入っている籠を背負う。
さあ行くかという所で、クメギのストップがかかった。
「その子も連れて行くのか? 今から何処に行くか分かってるだろ!」
「大丈夫だよ。僕、お兄ちゃんより強いから」
グリュイの言葉にクメギが俺を睨む。
グリュイがどんな強さかは知らないが、デォスヘルに信頼される程の実力はあるはずだ。
このまま村に置いて行って俺がいない間に何かをされても困る。
「見た目は子供だが、実力は普通の大人より上だ」
後ろに続く「知らないけど」の言葉は胸に留める。
長い間睨んでいたクメギだったが、折れるのは俺ではなかった。
「わかったわ。でも、ちゃんと守りなさいよ」
諦めたようにクメギは籠を担いだ。
「分かったよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんは僕が守って見せるよ」
「お前が守るんかい!」
思わず突っ込んだ俺に、クメギの冷たい視線が刺さった。
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