59.後悔先に立たず

日も沈み、村の数か所に置かれた松明の火が点る。

俺は村を駆け回り、東の隅で黒いローブ姿の子供を見つけた。

暗いし黒いし見つけるのに時間がかかったのは仕方ない。

ローブの子供はこちらに背を向け、闇に向かって何かを話している。

いや、闇のように黒いモフモフと話をしていた。

三つのモフモフの内の一つが自慢気に木槌を取り出したのを褒め称えているようだ。

木槌を出したり引っ込めたりする度に残りの二つが冷ややかに見る。

対照的にローブの子供は凄いと歓喜の声を上げるのだ。

何をやってんだかと思ったが、和んでいる場合じゃない。

俺には聞きたいことが山ほどあるのだ。


「村に潜り込んだ子供はお前か」


ローブの子供がゆっくりと振り返る。

木の仮面を付けていて表情は分からない。

こんな怪しい奴が何事もなく村に入れるはずがないだろ。


「潜り込んでなんかいないよ。僕は普通に入ってきたよ」


間延びした子供の声だった。悪びれた様子はみじんもない。


「そんな身なりで普通に入って来れるはずないだろ。何をした?」

「別に何もしてないよ。これをこうやって揺らしただけだよ」


ローブの袖口から黒革の手袋が現れる。

その手にぶら下がるのは何かの入れ物か。

小さな手がその入れ物を揺らすと怪しげな煙が立ち上る。

これが村の人達を惑わした原因か。


「ちょっと待て。俺に用があって来たんだよな。何しに来た?」

「お兄ちゃんが依頼主か。僕はグリュイ。デォスヘルに頼まれて助けに来たよ」

「見た目も知らずにか?」

「その指輪。デォスヘルの物でしょ」


グリュイは指輪を見てそう言った。

確かにデォスヘルに貰った物だが、そんなに見分けのつく代物か。

俺は改めて指輪を見つめる。いくら見ようと俺には見分けがつかなかった。


「村の人達と仲良くしたいんでしょ。僕の手に掛かれば、この香炉を揺らして……」


そういえば、ログさんの事でデォスヘルに相談していたな。

策を練ってやると言っていたが、その策がこのグリュイか。


「ちょっと待て、その怪しげな煙で解決しようとしてるのか」

「そうだよ」

「当たり前みたいな顔すんな! そんなんで解決する訳ないだろうが!」

「僕の力を見縊みくびってるの?」

「それで解決されても俺が納得できないって言ってんだ」

「えー、めんどくさいお兄ちゃんだな」

「そういう事なら自分で解決するから帰ってくれ」

「もう、何だよ」


拗ねたように呟いたグリュイの袖に香炉が吸い込まれる。

そのまま帰ろうというのか村の外へ歩き出す。

夜なのにこのまま返していいものだろうか。

村長に頼めば泊めてもらえるはずだ。


「もう遅いし今夜は泊まっていっても良いぞ」

「心配しなくていいよ。ここら辺の魔物は僕が倒せないし」


グリュイは振り返りもせず、すたすたと歩いて行ってしまう。

確かにここまでどう来たのか分からないが、一人で来たのだとしたら相応の力があると見るべきだろう。

何しろデォスヘルの使いだ。弱い訳がない。


しかし、聞き流していたとはいえ、デォスヘルの奴こんな事を考えていたのか。

感覚がずれているというか、見境が無いというか。

迂闊にデォスヘルに頼みごとが出来ないな。


そんな事を考えている間にグリュイは闇に消えていた。

やり方が酷かったとはいえ、わざわざ俺の為に来てくれたのにすぐ返してしまって良かったのだろうか。

悪気があってやった事じゃなかったのだろうし、今夜くらいは無理に泊まって貰うべきだったか。


俺は頭を掻きながら夕食に向かった。

そう言えば、グリュイは飯食ったのだろうかと思ったがもう遅い。

グリュイからしたら俺は酷い奴に見えているだろう。


「さっきの子には会えたかね」


村長だ。さっき話していた時より意識がしっかりして来ているように感じる。


「東の端で見つけました」

「ほう、それは良かった。それであの子とはどういう関係なんだ?」


俺は口籠る。何て説明すれば良いんだよ。

お香の影響が薄まれば、他の村人にもグリュイについて聞かれるに違いない。

本当に面倒臭い事をしてくれたもんだ。

悩んだ末、俺は声を落として村長に告げる。


「実は調査団の一員です」


村長だけには国から密命を帯びて調査に来たと言っている。

これで深く追及されないだろう。

聞かれても密命だからと誤魔化せるはずだ。

村の人には旅仲間とでも言っておけば良いだろう。


「なるほど、それで仮面をしている訳か」


納得した村長が声を落として呟く。

勝手に納得してくれるならこちらから何も言わないほうが良い。

下手に言ってぼろが出るのも嫌だしな。


村人の質問を無難に躱しながら夕食を終え、俺はシュロさんの家に足を向けた。

グリュイの登場で行きそびれてしまったが、クメギの問題を解決しなければならない。

クメギを借りる了承を取らなければ。


俺が家を訪ねると、いつもの如くシュロさんは家の中央で狩猟道具の整備をしていた。


「クメギを借りに来たか」


俺の顔を見るなりシュロさんはそう言った。


「クメギに聞いてました?」

「ああ、ついさっきな」


どうやら入れ違いでクメギも来ていたらしい。


「一つ条件付きで認めよう」

「条件ですか?」


どんな条件なのだろうか。

シュロさんの性格から言って無理難題を吹っ掛けるとは思えないが……

俺は黙ってシュロさんの言葉を待った。

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