57.気遣いは楽じゃない

クメギについて一度整理しよう。

クメギは一際大きな痺猿ひえんに捕らわれ、洞窟内に攫われかけた。

それをムクロジが犠牲になる事で、重傷を負ったが命を取り留める。

その時の狩人が今と同じとしても五人か六人。

二人の戦力を失ってまともに戦える訳はない。

シュロさん達は負傷したクメギを担いで村へ逃げ帰った。

村を巻き込んだとはいえ、村に逃げた事は間違いとは思わない。

なぜなら狩人のいない村はどのみちやっていけないからだ。

しかし、その全てをクメギは自分のせいだと思っている。


その時もシュロさんは狩人のリーダーだろう。

ならば、クメギよりもシュロさんの責任の方が重くなるはず。

シュロさんならクメギが気にしている事は気付けたはずだ。

しかし、俺からムクロジの名前を聞くまで記憶を無くしたと思っていた。

事故の話をしていなかったと考えられる。

どちらかが話す事を拒んだか、お互いに話せなかった。

他の村人も話す事をしなかった。

クメギが目を覚ましたタイミングが悪かったとしても、二人の間で会話があっても良いはずだ。


他にもある。ルアファはそれに対して動かなかったのだろうか。

ルアファの目的は狩人の座をクメギに取らせること。

運が悪ければクメギも死んでいたのに、今もシュロさんは狩人の筆頭として動いている。

シュロさんはその座に執着しているようには見えないし、簡単に取れたはずだ。

重傷を負った後、クメギは狩人として飛躍的に力をつけていったのなら、クメギが否定したとしても強引に座を取れたんじゃないのか。


それは俺の感があたっていれば、シュロさんとムクロジの関係にある。

村長に聞いてみるか。


俺が村長の家を覗きに行くと、ルーフが家の外で暇そうにしていた。


「どうした? 悪い事でもして追い出されたのか?」

「違います! 大事な話があるって追い出されたんです」


俺の冗談をルーフは必死に否定する。

家の中からルアファの声が聞こえた。

どうせ俺を湛えた事に文句を言っているのだろう。

ドラマでよくある口煩い姑のようだ。


仕方ないルーフに聞いてみるか。

俺がルーフに顔を向けると、ルーフは聞かれる体制になった。

まるでどっからでも聞いてみろよ、全部答えてやるからよ、といっているようだ。

頼もしいけど、直球で聞くほど俺も無粋じゃない。

遠回しに聞いてみる。


「この村ってシュロさんだけ一人で住んでんの?」

「え? そうですけど」

「もしかして、何か性癖があって一緒に住めないとか?」

「そんな事ないですよ!」

「という事は、昔は誰かと一緒に住んでいたのか」

「……」


ルーフが口を開けたまま固まる。これ以上聞くのはまずいか。


「俺シュロさんの家に移ろうかな」

「……ど、どうしてですか?」

「だって村長の家だと頻繁に来るでしょ」


そう言って、俺は家の中を見る。


「そ、そうですね。でも、シュロさんの隣がルアファさんの家ですよ」

「……これからもお世話になります」


俺は改めて村長宅で世話になる事になった。


しかし、今すぐ入ると顔を合わす事になる。

話が終わるまで村をぶらつくか。


「ちょっと夜の見回りに行ってくる」


頷くルーフに敬礼し、俺は村の中を徘徊する仕事に出た。


俺の感は当たっていた。

シュロさんとムクロジは一緒に住んでいたのだ。

そして、この村で同じ家に住んでいるのは家族。

シュロさんとムクロジは兄弟だ。

ムクロジがいなくなって一番苦しんだのはシュロさんだろう。

シュロさんが悪いと誰が責められようか。

それはルアファも同じだ。

弟を犠牲にクメギを助けたシュロさんを蹴落とす事など出来るはずがない。


シュロさんはクメギを気遣いムクロジの話をしなかった。

逆に村の人もクメギもシュロさんを気遣って話を避けたのだろう。


時間が経てば悲しみは薄れる。確かにそうだろう。

しかし、クメギは傷を抱えて苦しんだまま誰にも言えずにいる。

言える訳がない。村の人は忘れようとしているのだから。

それを一番望んでいるのがシュロさんなのだ。


俺に出来る事はクメギの話を聞く事。

その後は——


数日後、夕食を食べ終えた俺は行動に出る。

前回同様、家の土台前にモフモフがクメギを連れてきた所で俺が姿を現す。

モフモフを撫でていたクメギが俺の顔を見て表情を硬くした。


「シュロさんからムクロジの話は聞いたよ」

「だからなんだ。みんな忘れたがっているのになぜ蒸し返す」

「忘れたいのか? 俺には誰にも言えずに苦しんで見えるけどな」

「勝手にそう見てるだけだ!」

「川で話は終わっていたのに、何でまた話を求めたんだ?」

「終わってなかっただろ。私はまだ覗いた事を疑っていただけだ」

「違うね。気にしていたのは傷の事だ。そして傷に対して軽口を叩いたことで、胸の内をつい口に出してしまったんだ」

「お前に何がわかる!」

「何も分からないさ。その時いなかったからな。でも、クメギはその俺に何かを言いたかったんじゃないのか? 誰にも言えない思いを知って欲しかったんじゃないのか?」

「そんな思いなどあるはずない。勝手に決めるな!」

「じゃあ、俺の思い過ごしか」


俺はわざとらしく気の抜けた表情を浮かべる。


「くだらない事で私を呼び出すな」


さっさと話を終わらせ、戻ろうとする背に俺は声をかける。


「俺ならクメギと一緒に行けるんだけどな。行くなら今しかないと思うが?」


歩き出していたクメギが一瞬止まる。

しかし、クメギはそのまま振り返りもせず歩いていった。

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