46.不便もたまには便利

「話をしに来た」


俺は痛みを我慢して靴を履き、魔人に向き合った。


「何の話だ?」

「あんたはこの場所に用があって来たんだよな」


ここは弱気になってはいけない。高圧的に話を進めるんだ。


「だから、何の話だって言ってんだ!」

「力を調べに来たんだろ?」


魔人は少し考え、笑みを見せる。

俺にはそれが邪悪な顔に見えた。


「それで?」

「その件で話せる事がある。だが、それを話したら帰ってくれ」

「帰れだあ? なんで偉そうに言われなきゃいけねえんだよ!」


胸倉を掴む勢いで詰め寄られた。

鋭い目つきが怖いが、ここで負けてはいられない。


「あんたを恐れて魔物がいなくなるんだ。早く帰って貰わなきゃ困るんだよ」

「はあ? 逃げる訳ねえだろが、こっちは苦労して制御してんのに」

「制御って何だよ! 北から魔物が次々押し寄せてるのもあんたのせいだろ」

「そんな辺鄙な場所から来てねえよ!」


言ってる事がちぐはぐだ。この魔人が原因じゃないのか?

嘘をついているのか。一瞬考えたが、そうは見えない。

何かが引っ掛かった。


そうだ。モフモフと初めて会った時、既に逃げて来ていたんだ。

俺がこの世界に来る以前に魔物は南下していた、と村長に聞いていたじゃないか。

焦るあまり見過ごしていた。

この魔人が言ってる事は全部本当なのか。


俺は信じれれない思いで魔人を見た。

睨まれたと思ったのか魔人に凄まれ、思わず目線を逸らしてしまう。


「じゃあ、誰のせいで魔物が逃げ出したんだ」


俺は地面に向かって不満をぶつける。

威圧感で負けていたら駄目だ。

長引けば負ける。気迫で勝負だ。


「他に誰がいるってんだ!」

「彼奴じゃねえのか」


思いもしない方向を指さされ、俺は森の奥へと目線を走らせる。

森の中でうねる魔物と目が合った。

……ような気がしたが、目があるのか?


「何だよ、あれ」

響岩蚯蚓きょうがんみみずです」


ナビが出て来て、名前だけ言って引っ込む。

人見知りな物知りおじさんめ。

響岩蚯蚓は木の間を滑るように移動していた。

木が体にめり込んでいて気持ち悪い。


「あんな巨大なのに、なぜ今まで気付かなかったんだ」

「そりゃあ、土ん中移動してたら見えねえわ」


全長は分からないが、高さだけで言うなら二メートル以上はあるだろう。

こいつが北から魔物を押しやって来たというのか。

だがここら一帯の魔物をどうやって震え上がらしたのだろうか。

土の中を移動するなら地震でも起こせるのか。

しかし、地震なら村の人でも気付くはずだ。

微弱な地震なら気付かないかも知れないが、それで広域の魔物が震え上がるはずがない。

何か他にあるはずだ。


響岩蚯蚓は道を跨ぎ、木をぐるりと回って鎌首を擡げた。


「来るぞ」


そう言って耳を塞ぐ魔人。

俺は訳が分からず身構えた。


響岩蚯蚓の先端が裂け、それは巨大な口となる。

次の瞬間、粘着いた唾液を跳ね飛ばしながら口を震わした。


「相変わらず、うるせえ!」


空気を震わす振動の下、耳を押さえて魔人は言うが、俺には何も聞こえない。

凄い風を吹き付けられているだけだ。


「人間には音域外か。不便もたまには便利だな」


魔人は俺を見て何かを察したのか不満げな表情を見せた。


咆哮。これが魔物達を震え上がらせていたのか。

人間に聞こえない音域だったから、異変を感じ取るのが遅れた。

魔人という名前だけで、俺が勝手に勘違いしていたという事か。


「それで、倒すのかこいつ?」

「倒せるのか?」

「知るかよ。困ってるのは、お前だろうが」


鼻で笑われた。

確かにこの魔人は鉢合わせしただけで関係ない。


「まだ子供だし、やれんだろ」

「これで子供!」

「でかくなれば山を食う」


改めて見上げた所で、再び咆哮された。

というか、こいつ咆哮ばっかで何もしてこない。

図体がでかいだけで弱いんじゃないのか。

そもそも咆哮で魔物を逃がすって事は、威嚇で戦闘を避けようとしているのか。

それなら俺でも勝てるかもしれない。


俺は身体強化を使い響岩蚯蚓と対峙する。


「お、いいねえ。盛り上がって来たじゃやねえか」


魔人はもう近場の岩に腰掛け、観戦モードに入っている。


「やってやるよ。食らえ!」


俺は風の玉を浮かべると即座に放った。

弧を描かず風の刃は響岩蚯蚓に突き刺さる。

そして、刃はバネのように跳ね返され、何処かへ消えていった。


「何やってんだ! もっと気合い入れてけ!」


観戦だからって良い気になりやがって、気合いでどうにかなるような相手じゃないんだ。

風以外に通用しそうな属性はないか。

土と水は駄目だろう。ならば火だ。


俺は火の玉を浮かべ、響岩蚯蚓を目掛け放つ。

咆哮と共に飛び散った唾液にあっけなく消失した。


「馬鹿な……」

「馬鹿はお前だ! ちゃっちゃと片付けろ」


野次が煩いが、それに応える余裕はない。

俺には他に攻撃手段がないのだ。

このまま終わるのか。


脅威じゃないと分かったのか、響岩蚯蚓がじりじりと近づいてくる。


「観戦してないで、ちょっとは力を貸してくれ!」

「はあ? なぜ貸さなきゃなんねえんだ」

「情報が欲しくないのか? このまま俺が死ねば手に入らないぞ」


少し考え、魔人は立ち上がる。


「ちっ、仕方ねえな。何でもいいから奴に魔法を打ちな」


魔人は面倒臭そうに言い放った。

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