45.逃げきれぬ恐怖

「魔人?! 名前のイメージで強そうな感じしかしないな」

「どうなんでしょう」


相変わらずナビは細かい事は何も教えてくれない。

強そうだけど、さっき思いっきり顔面殴られたよな。

そう考えるとあまり強くないのか。

でも、あの威圧感は只者ではない気がする。

情報が無さ過ぎてわからない。考えない事にしよう。


それよりモフモフの事が心配だ。

姿を消したまま一向に現れようとはしない。

さっきの魔人に恐れをなしたのなら、村に戻ってるかもしれない。

俺は石を投げ捨て村へと急いだ。


村に着くと何やら騒がしい。

手近の人に聞いても要領を得ないので、俺は村長の家に駆け込んだ。

家の中には村長以外にも、ルアファと他の補佐官、シュロさん、クメギがいた。


「おお、無事だったか」


俺の顔を見て村長が声をかけてきた。


「何かあったんですか?」

「何かあっただと? 村長こんな奴に話した所で埒が明かん」


ルアファは俺を爪弾きにして、村長を補佐官で囲んでしまった。

えらい嫌われようだ。


代わりに、シュロさんとクメギが近寄って来る。


「悪いね。こんな事は始めてで、皆、気が立っているんだ」


俺は黙って頷いた。

村を包む異様な雰囲気は俺も感じている。


「実はね……」


シュロさんが順序だてて説明してくれた。

シュロさんたちが狩に行くと、魔物の姿が無くなっていたらしい。

静まり返った森を探索し、南へ逃げていく魔物を見つけたが、奥深くまで立ち入るのは危険だと引き返してきたという。

原因が分からず、天災でもあるのじゃないかと騒いでいるのだ。


「そうなんです。モフモフも何処かに行ってしまって」

「モフモフって使い魔よね?」


クメギに指摘されて気付く。

やばい。そういう設定だった。


「実はまだ使い慣れていなくて」

「そうかな? 結構、懐いてたじゃないか」

「ですよね……。トイレかな? 何でも恥ずかしいお年頃だからなあ」


二人が顔を見合わせるのを後ろに、俺は家から抜け出した。


周りを見渡してもモフモフの姿を見つける事は出来なかった。

いつもなら七つの内、どれかが目に入って来るというのに。

俺は村の中を走り回り、何かの葉を干しているおばちゃんに声を掛けられた。


「あら、あんた。モフモフらちが西に走って行ったけど大丈夫なの?」

「そうなんですか?」


慌ただしい中、おばちゃんはいつもの如く仕事に励んでいる。

肝が据わっているおばちゃんだ。

俺はおばちゃんに礼を言い、西へ向かった。

足がずきずきと痛んだが、走るのを辞める訳にはいかない。

西という事は窪地だろうか。

もっと先まで行ってるかもしれない。


名前を叫びながら窪地も覗いてみる。

日が陰っていて良く見えない。

目を凝らしモフモフの名を呼んでみると、影がピクリと動いた。

一つになり震えるモフモフだった。


「大丈夫か、モフモフ」


そっと近づき優しく声をかけると、微かに眉を揺らした。

モフモフは俺に答えぜず、怖い怖いと震える。

原因は分かっている。あの魔人だ。

俺や村の人達も異変は感じているが、それは間接的なものだ。

なぜ魔物達はこんなに怖がる。


「ナビ、何でだ?」

「何ででしょう?」


何も答えないか。


「じゃあ、魔人がここら辺を探しているのは何でだ?」

「それは勘が良いとしか言えません」

「どういう事だ?」

「あなたが転移してきた時の、ほんの僅かな力を感じたのでしょう」


俺ではなく力の原因を調べに来たのか。

原因を突き止めるまで、魔人はこの辺りを徘徊するだろう。

そうなると魔物がいなくなる。

脅威となる魔物だけなら村ににとっても住みやすくなるだろう。

しかし、食料となる魔物までいなくなる。

それが長引けば森にまで影響が出て来るだろう。

魔物がいるから森が潤うのだ。

もう戻らない魔物もいるかもしれないが、魔人が消えれば被害は少なく済むはず。


「待っててくれモフモフ。俺が何とかしてくるよ」


俺は蹲るモフモフを軽く叩いてやる。


「怖い怖い、逃げきれたと思ったのに、怖い」


モフモフは恐怖に怯えるだけだ。

魔人をどうにかしなければいけない。


ん?逃げきれた?

モフモフは以前にも魔人に会った事があるのか。

今までこんなに怯えるモフモフは見た事が無い。

そう考えると俺に会う以前に会ったのだ。

モフモフは北から逃げて来たと言っていた。

沙狼しゃろうも北から南下してきた。紅晶蜘蛛こうしょうぐもも同じだ。

全て魔人の影響だったのか。


これは思った以上に生態系に影響が出ている。

村の人に相談すべきか。駄目だ、俺が転移してきたなんて信じてくれるはずがない。

会話は出来るんだ、話せば何とかなる。

俺は自分を納得させ、魔人の元へと急いだ。

不穏な雲が空を覆いだしていた。


おばちゃんがついさっき干していた物を取り込むのを横目に、慌ただしさの残る村を通り過ぎる。

この慌ただしさを異様に感じていた俺が平和ボケしていたのだ。


足を引きずるように走り、魔人と会った場所まで戻ってきた。

ずきずきと脈打つ痛みに耐え切れず座り込む。

靴を脱ぎ、足の痛みが過ぎるのを待った。

巻いている布に血が滲みている。少し腫れているようだ。

治るのがまた遅くなるな。


「まだいたのか」


その声に顔を上げる。

森から出てきた魔人は、俺に鋭い視線を向けて来た。

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