37.戦闘系

藪に潜み魔力回復を待つ間も、左足の痛みは主張を続ける。

沙狼しゃろうの爪は一瞬で俺の靴を裂き、足の甲に食い込んだ。

もし強引に木にしがみ付いていたら、もっと酷い傷になっていただろう。

これだけの傷で助かったのは、不幸中の幸いというべきか。

俺は靴を脱ぎ、止まらない血を拭う。突き抜けてはいないが、深い爪痕に破いた袖を巻き付ける。

これで止血が完全に出来るとは思えないが、寝転がり足を高くするくらいしか思いつかなかった。

すぐに巻き付けた袖に滲みが広がり、痛みが鼓動する。

焼けるように熱い痛みと裏腹に俺の身は震えていた。


このままここにいても助けが来るとは思えない。

魔力の回復を待ち俺は身体強化を使った。

風を纏う事で傷の痛みもいくらかましになり、気持ちも穏やかになる。

それでも、この状態で魔物と戦える訳がない。

俺は辺りを警戒しながらゆっくりと起き上がった。

木を支えに渡り歩き、何とか杖に出来そうな枝を見つけ、それを頼りに切り株地帯へと戻る。

モフモフも俺を待っているに違いないが、この状態で木と共に川を下る気にはなれなかった。


「仕方ない。森を下るか」


俺はモフモフと違った気持ちで森を下る。

夜までに村は無理としても森を抜け、道に出る事が出来るだろう。

俺は短く息を吐き気合いを入れると、杖を掴む手に力を込めた。


黙々と足を進める間、俺には疑問が浮かんでいた。

いまだに痛みは引かず疲労も感じていたが、少しは冷静になった証拠だろう。

沙狼との戦闘中、なぜ魔力切れが起ったのか。

腕時計をなくし正確な時間は計れないが、魔力にはまだ余裕があった。

身体強化の分を差し引いたとしても、沙狼に会う前に魔力が上限に達していたのは確信できる。

木を伐ってから相当時間をかけモフモフを送り出したからだ。

そう考えると、余裕を持っても水の玉を仕えた回数は七。

限界を考えなければ七回以上使えたはずだ。

それなのに、七回使う前に魔力切れを起こしたのはなぜだ。


「以前、スキルの話をした時にお気づきだと思っていました」

「ああ、だから回数を押さえ余裕を持って使っていただろ」


ナビは俺の周りを優雅に浮いている。

それがナビの役目だとしても、苛立たしい思いは沸いてしまう。


「あなたは常に身体強化を使っていました。村を出る時には必ずと言って良いほどに……。それでも体調が悪い事に気付いていたはずです」

「確かに多少怠くは感じていたが、そこまで酷い状態じゃなかったはずだ」

「村の生活だけであれば、それほど負担はなかったでしょう。ですが、あなたは身体強化を使い、いつもと同じように仕事をこなしていました」


ナビの言う原因。それは身体強化の効果を知りながら、理解しきれていなかった俺という事になる。

身体強化には気持ちを落ち着かせたりと、体と気持ちの変化がある。

それで普段通りに動けるからと言って、気力が回復するのではない。

筋力に掛かる負荷を無くすだけで、病気の負荷は無くならない。

異常があるのに通常通りに使用すれば悪化する。


「体調により魔力回復、最大値、消費など変化が起こります。あなたは身体強化が常に使える事で、それを見過ごしたのです。あなたが使っている魔法が、戦闘系だという事をよく考えてください」


今のこの状態は俺の過信が招いた。


体調が悪い事を軽視し、身体強化で無理に体を動かし続けた。

身体強化中でも気を向けていれば気が付けていただろう変化に気付けず、沙狼と対峙する。

戦わず隙を見て木と共に川を下ることも出来たはずだ。

だが、俺は判断を間違える。自らを窮地へと追い込んだのだ。


この世界で生まれ育てば誰もが持つ危機管理。

それが俺には欠けているのだ。無理もない。

この世界に来て数か月で簡単に身に着けれる物でもない。

だからこそ、意識する必要があった。


薄暗くなり始めた森の木の切れ目から道が見え、俺は大きく息を吐き出した。

それは安堵なのか溜息なのか。


「言い遅れましたが、一つ言っておくことが……」


俺は片手をあげ、ナビの言葉を止めた。

草を揺らし近づく何かの気配が一つ。いや、複数。

沙狼の仲間がまだいたのか。

それもこんなに近くに来るまで気が付かなかったのか。


草の揺れは前と、左右から俺を挟むように突っ込んできている。

逃げるには後ろしかない。

向きを変え走り出そうと足を出した途端、痛みが走った。

思わず怪我をしている左足に重心をかけてしまったのだ。

呻きながらも何とか次の足を出し、草の揺れから逃げる。

それも長くは続かない。

痛みを堪え一歩踏み出した途端、足場が無くなった。

俺はなす術もなく転げ落ちる。


何度も通り過ぎてきた窪みの中で、俺は土に塗れながら落ちてきた場所を睨む。

草から黒い影が複数飛び出し、俺の上に飛び降りてくるのが分かった。

身を固めた俺は、重みに呻き声を立てた。


「大丈夫か!」


力強いシュロさんの声が頭上から降りかかった。

草を割って、滑り降りてくるシュロさんが手を伸ばす。


「シュロさん! 助けて!」

「わかった」


伸ばした手はしっかりとモフモフに握られていた。


「は?」


よく見れば、俺の上に乗っているのもモフモフだ。


「モフモフだけが村に帰ってきて騒ぎ出してな。心配になって探しに来た」


その言葉で、俺の力は一気に抜けた。

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