36.不測の事態
東の塀を作り上げ、残るは西の塀だけとなった。
塀を作る代償として、積み上がる丸太、森に延びる引きずった跡、切り株の残る空間。
俺はモフモフ達を見事に川に流し終え、ほっと一息つく。
気が緩んだ瞬間に、ずきりと頭が痛んだ。
雨に降られながら仕事を続けたからなのか、川に浸かってる時間が長かったからなのか、最近あまり体調が良くない。
それでも仕事を続けれれるのはモフモフのお陰だ。
運搬や体力仕事はモフモフに任せ、俺はスキルを使うだけで体力はそんなに関係ない。
モフモフで問題なのは、俺の説明を理解できてるか分からない事だろう。
隙を見せれば森を下ろうとする行動は変わらないが、いったん川に流れてしまえば無理に森に戻ろうとしない。
それが良い事なのか悪い事なのか、俺にとってはどうでも良い事だ。
何故なら俺は森を下れなどと言った覚えがないからだ。
「さて、行くか」
モフモフ達を流したからといって仕事は終わりではない。
自分の乗る丸太と共に川を下る準備を手早くする。
その後ろで微かに唸り声が聞こえたような気がした。
振り向いた俺はすぐに見つけた。低く唸る
塀を作る為に切り開いてきただけに隠れる場所はない。
一匹だけしか見えないが、他にもいるはずだ。
川に飛び込めば助かるかもしれないが、急流の川に単身で飛び込み泳ぎ切る自信はなかった。
かといって今から丸太を下ろす暇も、水泳を習っておけば良かったと後悔する事もない。
水泳で急流を服のままで泳ぐことはないからな。
俺は水の玉を浮かべ、沙狼を警戒するように構える。
沙狼も身を低くしたまま左右に動き、睨み合いが続いた。
そこで気付いたことがある。
他の沙狼が姿を現さないのだ。
俺と沙狼の距離はまだ開いているが、切り開いた空間はその倍はある。
これだけ広い空間で睨み合いが続いているというのに、他の沙狼が姿を見せないのはおかしい。
更に初めは汚れかと思っていたが、距離が近づくにつれ血の跡だという事が分かった。
手負いなのか返り血なのか確かめる術はない。
どうするべきか考える余裕は俺にはなかった。
低姿勢で一気に距離を詰めた沙狼が、立ち上がり前足を振るうう。
風を震わす一撃を何とか避け、転がりながら体制を直す。
そして、次の一撃が着た瞬間に俺は飛び退り、腹目掛け水の玉を放った。
水の玉を食らい明らかに動きの鈍った沙狼。
畳み掛ければ倒せるかもしれない。
俺は新たに水の玉を作り、沙狼に放つ。
沙狼が唸り声をあげ姿が朧になる。
水の玉が通過し、地面に小さな穴を作った。
沙狼の姿はすぐに戻ったが、動きは鈍いままだ。
まだ勝機はこちらにある。
だが、すぐに放った水の玉は切り株に当たり弾けた。
「嘘だろ……」
その言葉は避けられた沙狼に対してではない。
身を包んでいた風が無くなったことに対しての言葉だ。
「魔力が枯渇した事で、身体強化も一旦解除されます」
ナビの言葉に疑問を感じながらも、質問してる暇はない。
俺の前には沙狼がいるのだから。
魔法の使えない生身の状況で勝てるわけがない。
俺はじりじりと詰め寄る沙狼に対して後退していく。
川にではなく、木の茂っている方へだ。
身体強化のない俺が川に飛び込むのは自殺行為。
何時でも避けれるように体制を保ちながら、間が詰まらないように足を動かす。
切り株を抜け、藪を抜ける隙をついて枝を折る。
これを投げつけ隙をついて木に飛び移れば、逃げれないまでも魔力を回復する事は出来るはずだ。
俺は飛び移れそうな木を探しつつ、沙狼の警戒は怠らない。
だが沙狼の方が先に動いた。咄嗟に顔めがけてさっきの枝を放る。
一瞬、怯んでいる間に俺は三角飛びで近くの枝に飛びついた。
何とか掴んだ枝にぶら下がる。
このまま反動を付け、木に登れれば一旦は難を逃れられる。
腕に力を入れた途端、足に痛みと重みが加わった。
足の痛みに顔を顰めつつ、必死に足蹴りを食らわす。
俺が出来たのはそこまでだ。
俺に沙狼がぶら下がるように全体重をかける事で、俺はあっさりと地面に落とされた。
足を掴んでいた沙狼を振りほどけたものの、地面に叩きつけられ俺は呻き声をあげる事しか出来なかった。
痛みを堪え必死に這いずりながら、木の根元を目指す。
逃げる隙を与えず、沙狼は一気に俺の後ろに間を詰めた。
俺は木の根に背を預けながら沙狼を見上げる。
改めて身の丈を超す大きさに体が震えた。
首を噛まれれば一溜りもない。そんなのは嫌だ。
俺を噛み殺そうと迫った沙狼に、俺も手を伸ばす。
俺が手を伸ばしたのは身を守る為ではなく、弦を掴む為。
俺の頭を掠めて巨大な葉が沙狼を包み込んだ。
重みで葉が地面に付いた後も、暫く沙狼は逃げようともがいていた。
徐々に静かになる巨大な葉を睨みつけながら、俺は荒い呼吸を繰り返す。
青臭い空気の中、使い方を忘れたかのように手足は動かず、俺は必死に新鮮な空気を求めた。
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