35.森からの視線

その日は朝から雨が降っていた。

雨が降ろうと、毎日の仕事が休みにはならない。

俺は外套を目深に被り、川に流した丸太の陸揚げをモフモフ達と行っていた。

川から道沿いに置いてある荷台に丸太を乗せていく。

道成に進み距離は伸びるが、荷台で運ぶことで量は稼げる。

気を付けなくてはいけない事は、魔物の存在だ。

警戒するモフモフと作業するモフモフに分かれ、魔物が来たら作業を中断し非難する。

脅威が去ったら再開できるが、去らずにそのまま丸太を置いて村に帰る事もあった。


「魔物の気配が近づいてくる」


見張りのモフモフが叫び、素早く草むらへ飛び込む。

非難した俺のすぐ近くで、草木の折れる音が響いた。

もしや、モフモフが逃げ遅れたのか。

慌てる俺の前に飛び出て来たのは、息を弾ませたモフモフだった。

心配して声をかけた俺に、モフモフは誇らしげに掲げるのだ。


「今日の獲物」

「紛らわしいわ!」


確かにこっちの世界では小動物のような存在でも全て魔物だが、俺の魔物像は脅威のある生物だ。

モフモフの言う事も合ってはいるのだが、敢えて言いたい。

警戒の仕方がおかしいだろ。

何をお前達だけ連携して捕獲しに行ってんだよ。

小さな魔物相手に必死に隠れてた俺の立場はどうなる。


冷たい雨の中作業は続く。

丸太を乗せ終え、荷台を牽いてる間も気は抜けない。

早めに気付き、避難する事で戦闘にも成り難くなる。

それは相手も警戒しているからだ。俺達をではなく、他の魔物をだ。

言ってみれば国境近くの危険地帯。

下手に力の拮抗している者同士戦えば、漁夫の利を狙われる。

危険を冒して何も得れないのであれば、初めから何もしないほうが良い。

しかし、この場所を縄張りとされ、自分たちの領域を犯されるのも困る。

だから森の中から俺達を見ているのだ。

俺には相手を確認するほどの視野はないが、見られている感覚は時々感じる。

相手との距離を保ちつつ、迅速に作業を行い、丸太を村に持ち帰る。

体力的にも精神的にもきつい仕事だ。


荷台をその場に置き、避難して戻ってみれば、丸太が散乱していたなんて良い方で、荷台を壊されていた事もあった。

荷台をその場で直せればいいが、そんな簡単にもいかない。

荷台の材料は全て俺の手作り、特に車輪など円形の物は直線の木材より手がかかる。

予備なんて物はないから、初めから作り直すことになる。


「荷台を作る為に丸太を運ぶのなら、荷台作りを辞めれば良いのです」

「荷台を作る為にやってんじゃねえよ!」

「じゃあ、あなたは大工として何を作っていくのですか」

「大工として生きていかねえからな!」


荷台を直す度にナビに突っ込み、丸太を運ぶたびにモフモフの世話を焼き。

遅々として作業は進まなかった。


俺には他にも気になる事があった。

森から感じる視線の中で、一際、鋭い視線。

何時かの夜に感じた視線と同じものだ。

あの時は、見張り人に注意され有耶無耶になったが、得体の知れない恐怖を感じていた。

痺猿ひえんとは違う存在が南の森にいるのかもしれない。

北から迫ってくる魔物に気が向いていたが、他の方角にも魔物は生息しているのだ。

西側に元いた村があるからと言って、新たに魔物が割り込んでくる可能性もある。

村と接する側の反対は把握できていない。

魔物が何処まで領域を広げているのかも、領域を犯されているのかも、知る術がない。

見えない敵に対してどういった対策が出来るのか。

見えたとして、俺の力で立ち向かえるのか。

モフモフのように話の通じる魔物なら戦わずに済むのだろうか。

人同士が戦争をするように、話が通じた所で変わらないのかもしれない。

どういう事態になろうが、それに対応し、乗り越えていかなくては生きていけないのだ。


夕方を回る前に、雨は上がっていた。

夕食は村の一同が集まり、中央の焚火で料理を作る。

勿論、俺もモフモフもそれに加わり食事をする。

大食いのモフモフには、複写スキルで多めに渡す事にしている。

何時ものようにモフモフに食事を催促されていると、ログが近づいて来た。

畑について何やら話があるようだ。


「結論から言っておくとだな。ある種の作物に対して効果を発揮した」

「ある種の作物?」

「ああ、君も食っている芋だ。この芋は土の環境が変わったとしても強靭な対応力で順応する植物のようだ」

「ようだって知らなかったんですか?」

「食材として前の村から持ってきてはいたが、それほど環境が違う土でもないし、今回の事があって始めて知ったのだ」

「そうだったんですね」

「だが、私が言いたいのはその事ではなく、土の性質だ。君の作り出した土には植物の育成を促進させる効果がある事が分かった」

「育成促進?」

「この効果を生かせれば、より早く芋を成熟させる事が出来る。しかし、デメリットもある」


そのデメリットとは土に順応できなければ効果がなく、育つのも遅いという事。

促進が早いという事は、枯れるのも早いという事だ。

実が未熟なまま枯れてしまうのだと言う。

それを防ぐため、実を付ける前に植え替える必要性が出てくる。

場所と手間を掛ければ今以上に芋は採れるようになるだろうが、ある程度、安定して採れるようになれば不要になりそうだ。

それなりにメリットはあるが、扱い難い土という結果になった。

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