38.起きるタイミング

「——言ったのだ。何故、何時までも匿っている」

「匿っているつもりはない。村にとって必要なのだ」


誰かが言い合っている声で俺は目が覚める。

霞んだ目でもここが村長の家だと分かり、村に帰る途中で気を失ったのだと知った。

家の中央には、村長と補佐官の一人が座っている。

そして、俺の寝ているすぐ近くの壁際に立つシュロさん。


「問題を起こす事が、必要だとでも言いたいのか。この村を危険に導く存在だぞ。村長という立場を理解しているとは思えない」

「ルアファ! 言い過ぎだぞ」


シュロさんの忠告にルアファと言われた補佐官は向き直り、声高に言い放つ。


「言い過ぎだと! 何が言いすぎなものか。村長も、シュロも村の現状をよく見てみろ。奴が来てから仰ぎ見る程の塀や見張り台が建ち、塀の外には針の山のように尖った杭まで立ててある」

「そうだ。彼がして来た事で、この村は住みやすくなった。家も立派になり、水も今まで以上に満たされ、作物も育ちが良くなったと聞く」

「違う! 奴は何故こんなにも強固な外壁を建てたのだ。魔物との戦いに私達を巻き込むつもりだからだ。毎日、森の奥で何を行っている? 木を材料とする為ではない。遠くの魔物の目をこちらに引き付けるためだ」

「飛躍しすぎだ。彼を村の奥に誘ったのは、私を含めた狩人であって、彼が望んだ事ではない。魔物を焚き付けてどうしようというのだ」

「奴にとってこの村も魔物もどうなろうが良いのだ。火種に木をくべ、大火にして燃やし尽くす悪魔のような奴に違いない!」


顔を赤くしながら俺に迫ろうとするルアファの前に、素早くシュロさんが身を挟んだ。

叫び散らかすルアファの前で起きないのもどうかと思うが、起きるタイミングを見失った俺は薄目を開けつつ、寝たふりを続ける。


「彼が来る前から変化はあった。今まで以上に村を囲う魔物の様相が変わっているのはシュロから聞いているはずだ。その原因を彼に擦り付け、安心したい気持ちは分からなくはないが、真を見抜けねば事は繰り返す」


この中にあって村長は一人冷静だった。


「この村には変化が必要だ。安寧を望み過ぎれば停滞を生む、それは衰退となり滅亡に足をかける事になる。村長となった時、私は決めたのだ。変化を恐れないと」

「違う! 変化は混沌を生む。それが村の滅亡になると、なぜ分からない」

「なにも変化が混沌だけを生むとは限らないだろ。変化により発展し、今はない道が見えるかもしれない」

「上手く言葉を並べれば、良いと思っているのか。そんな安っぽい言葉で騙されると。私を誰だと思っている!」

「お前が子供の頃から村長の仕事を手伝っていたのは知ってる。だから、この村の建設時からメンバーに加わってもらったのだ」

「そんな私の言葉を聞き入れず、村長という権限を振り回し、村に危険を招き入れたではないか!」


シュロさん越しに俺に指をさすルアファが見えた。

身内の多い村と考えると、ルアファは村長の息子だったのかもしれない。


「彼は村を発展させようと人力してくれている。今まで彼がして来た事は村を見ればわかるはずだ」

「何故、そんなにも奴を信用できるのか。見極めきれず、村を危機に陥れた時、どう責任を取るつもりだ!」


ルアファの言葉は静寂を生んだ。

怪我人の前で怒鳴り合いの喧嘩をするのもどうかと思うが、張詰めた感じで静まり返るのも居心地が悪い。


「彼の責任は全て私が持つ。彼の行ないは、私の行ないだと思ってくれて構わない」

「奴がいつまでこの村にいるのかは分からないが、奴は魔物を引き付ける存在。この村に危機が迫った時、痛い目を見るのは村長、あんただけではないのだ。奴をそこまで庇う価値があるのか、もう一度考えるんだな」


ルアファは俺を横目で睨むと、二人の言葉も聞かずに出ていった。


「ルアファがこんなにも偏見を持っているとは……」

「考えが行き過ぎている所もあるが、ルアファの存在は村に必要だ。そして、彼の存在もね」


二人の視線が俺に向けられる。

完全に起きるタイミングを見失ってしまった。


「私に見極められるのでしょうか」

「今まで幾人も狩人を育ててきた君が、何を弱気になっているんだね。彼は私が招き入れたのだ。彼を信じれないのなら、私を信じてくれ」

「そうですね。この村を作った時に村長、あなたに付いて行くと誓ったんだ。信じていますよ」

「付いて来るんじゃない。一緒に歩んでいくのだ。皆、同じ道をな」


笑いが起こり場が和んだ所で、シュロさんも家を出ていった。

見送った村長は慣れた手つきで豆を挽き始める。


「彼が齎すものは私にもわからんよ」


村長の囁きは豆の潰れる音に掻き消され、ごりごりという音だけが家に響く。


同じリズムで擦れる音を子守歌に、俺はまた暗闇へと身を投じた。

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