31.守人に託す思い

川の水で粘ついた服を洗い落とした後も、助け出した狩人は元気がなかった。

文字通り食われかけたのだから当然だろう。

だからと言って、ここで休んでいる暇はない。

あと数時間もすれば夜が来てしまう。

夜の視界が届かない森を歩くことほど危険なものはないだろう。

夜が来る前に彼を背負ってでも村に戻らなくては、更なる事態の悪化を招く事になるかもしれない。


だが、そう考えるのは俺だけだった。


「夜になるまでに村に戻れなくても良いんですか?」

「戻れるなら戻ったほうが良いが、無理をして戻る必要もない」

「でも夜になって危険が増す前に戻らなくては……」

「焦って不注意から事故になる方がよっぽど危険さ」

「今までだって村に戻れない時もあったわ。今まで旅をして来たのに外で夜を明かした事もないの?」

「ない事もないけど、村の方が安全だろ」

「そうかしら。私達の方が腕は立つわ」

「確かにそうだけど……」


村にいたとしても、中途半端な塀と柵で囲われただけの村だ。

家だって簡単な木造りの家だし、防衛手段としてではなく生活する為の作り。

生活する為の設備や、安定した住居など平和な土地で生活するだけなら問題ない。

問題があるのは周りに魔物の脅威があるという事。

結局は力の強い人がいない事には、魔物など追い払えないのだろうか。

俺が少し防衛を考えた所で、無駄な作業なのだろうか。

いや、違う。少し力の強い人々が集まり、少し防衛力の上がる柵を張り、警戒をする為の見張り台を置く。

それらを寄り集め、少しずつ強めていく事で村と言うのは出来ていくのだ。

村はまだ発展途上、それだけの事だ。


それなら、なぜ俺は村が安全だと思っていたのだろうか……

村を想像してすぐに答えは出た。

ゲームの世界なら村はどんな強い魔物に囲まれようと中に入れば、安全に寝泊まりが出来た。

安っぽい柵に囲まれていようが、魔物は一切手出しができない。

村の中では人々が平和に暮らし、魔王が襲ってくると言いながら引き籠り、一向に襲ってくることはない。

最終的にはこちらから乗り込んで魔王を倒すという傍若無人。

魔王側からしたら強大な力を見せる事で、攻めて来ないよう布陣を引いていたのではないかとすら思える。

そんなゲームの世界とこの世界を比べること自体間違いだったのだ。

俺が顔を上げるとシュロさんと目が合った。


「彼の為にも早く村に戻りたい君の気持ちも分からないでもないが、少しでも彼に気を持ち直して貰わなければ、彼だけでなく我々も危険に陥る事になり兼ねない」

「勝手なこと言ってすいません」

「謝る事はないよ。君の意見が間違っている訳ではない。これは私の我儘でもあるのだ」

「我儘ですか?」

「ああ、今は狩人としても未熟だが、彼は未来の村になくてはならない守人なのだ。未来の為にもここで彼に挫けて貰っては困る。私の為にも彼に立ち直る時間を与えてやってくれないか」

「何を言っておる。彼を助けたこの私の言葉が聞けないと言うのか。ええい、引っ立てぇい」

「何処の代官だ!」


ナビのせいで良い話が台無しだ。

俺は今すべき事を考え、シュロさんは未来の事も考えてたという事か。

シュロさんなら自分の身を犠牲にしても彼らを助けるのだろう。


彼の回復を待つ事。それは川の畔で夜を明かす事だった。

シュロさんとクメギが近くを駆け回り、夕飯の食材を探す中、俺は枝を尖らせ銛を作る。

身体強化でスピードをあげれば、少なからず動体視力も上がる。

川辺の魚を狙って、銛で射貫くことも出来るはずだ。


夜になり俺の取った魚とシュロさんたちが取って来た木の実、疲れを癒すという葉を夕食に小さな焚火を囲んだ。

死にかけた彼もこちらに少しずつ言葉を返すようになっていた。

少しは回復しているようで、俺も胸を撫で下ろす。


「私が見張っておくから、君達は少しでも寝ておきなさい」


優しさと反論できない威厳を込めてシュロさんが言った。


「君達は少しでも寝ておきなさい。私が隣で寝てあげるから」


優しさなのか反論したくない意見をナビが言った。

これがナビなりの気遣いとは考え難いが、深刻な雰囲気が薄らいでいるのは確かだ。


火を見つめながら、何が正解なのだろうと考える。

ここで彼の回復を待つのが正解なのか。

無理にでも連れ帰り、安全を確保するのが正解なのか。

シュロさんの言った通りどちらも間違ってなどいない。

間違ってはいないが、シュロさんの意見に言い返せない俺がいた。

俺にだって優しい上司はいたが、こんなにも言葉に重みを感じていただろうか。

俺はシュロさんのように上司を慕っていただろうか。

上司と比べたら圧倒的にシュロさんの方が付き合ってきた年月は少ない。

それでこの差は何なのだろう。

俺が間違っていたのは、人との付き合い方だったのか。

何が正解で何が間違いかの結論は出ないが、彼を思う心はシュロさんの方が上だ。

目を閉じながらそんな当たり前の事を思った。


木の根に寄りかかって寝ていた俺は、シュロさんに肩を揺すられ目を覚ます。

欠伸をしながら伸びをする前で、クメギが他の狩人を起こしていた。


「このまま川沿いに進み植物の群生地が切れた所で、川を離れ南下する」


皆が支度を済ませた所で、シュロさんはそう宣言した。

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