30.停滞

しばらく様子を伺っていたが、次の沙狼しゃろうは現れなかった。

正確に言えば俺には見えなかった。

シュロさん曰く姿の確認は出来なかったが、草の不自然な揺れから後続がまだいるという事だ。

更に先ほど通り過ぎていった沙狼も遠くへ行かず、まだそこら辺を彷徨いているらしい。

俺にはどの揺れが沙狼によるものなのか全く分からない。

これが経験の差なのかと俺は溜息が出た。


「煩いわね」


溜息にまで駄目だしするのかよと睨むが、クメギはこちらを見ずに森に視線を投げている。


「何か落ち込む事でもあったのかい?」


代わりに、シュロさんが俺をちらりと伺った。


「狩人として少しは出来るようになったと思ってたんですけど、まだまだだなって……」

「こちらも子供の頃から狩人として必死にやって来たんだ。そう簡単に抜かれちゃ私の立場がなくなるだろ」

「知れば知るほど距離が開いていく感じですよ。試行錯誤して動こうとはしてるんですが」

「動かないわね」

「動こうとしてるんだって!」

「は? 何の話よ」

「俺の話でしょ?」

「沙狼よ」

「……」

「確かに、君と違って沙狼は動こうとしないな」


やれやれと言った感じで、シュロさんが俺とクメギを見て笑った。


「これは西を迂回して村に戻るしかないな」


時間は掛かるが、待っていても沙狼が動く保証はない。

それなら少し遠回りしてでも、移動した方が良いだろう。

俺達は川沿いに進む事にした。

川の流れ的に西へ行こうとすると、北へも進まなくてはいけない。

沙狼との距離を考えつつ、渡れそうな場所を探す。

次第に西ではなく北に進んでいるんじゃないかと言うぐらいの所で、やっと渡れそうな岩場を見つけた。

皆の顔に少しの安堵が漏れる。


「ここら辺を縄張りにしているのも沙狼ですか?」

「普段、ここまで来る事がないからわからないな」


心なしかシュロさんに余裕がなくなっているように感じた。

シュロさんにしても、ここまで北上するとは考えていなかったに違いない。

知らない場所という事で、必然的に足は遅くなる。

他の狩人にも疲れが見え始めていた。

休憩を挟みながらだが、相当な距離歩いてきたのだから無理もない。

俺達は川沿いをまた南下していった。


「昼休憩にしよう」


シュロさんの掛け声で、少し休むことになった。

俺は地面に座り込み、森を見上げる。

木が鬱蒼と茂り、弦の巻き付いた枝に生き物の姿は見えない。

見えないだけで何処かに潜んでいるのだろう。

日は頂点からやや過ぎた頃だろうか。

腕に目線を戻し、時計が止まってる事に気が付いた。

雑に使っていたつもりはなかったが、いつ壊れたのか。

腕時計を外し、元の世界に戻るまでナビに預かって貰う。


「時間を忘れてごゆっくりお寛ぎ下さい」

「何処の旅館だよ」


疲れを知らないナビに、疲れた声で突っ込みを入れた。


他の人に合わせ、俺も皮の袋から食料を取り出す。

干物と団子状に固めた食べ物だが、少しは元気になるだろう。

水は川から汲み上げ、皮製の水筒も中身を入れ替えておく。


「ここからは、森の中を進む。冷たい水も名残惜しいがな」


食事と軽い冗談で気が少し軽くなる。

皆が立ち上がり、俺も立ち上がろうと垂れていた弦を掴んだが、思った以上に柔らかい感触に手が滑り、後ろ向きに倒れ込んだ。

次の瞬間、木が捲れ上がり、目の前の空間を挟み込む。

大きな団扇で扇がれたような風が、青臭い臭いと共に浴びせられた。

それは巨大な食肉植物だった。

驚きと恐怖で固まった俺の前で、それは徐々に開いていく。

再び木に張り付き、擬態するのだろう。

俺を助けようとシュロさんが駆け寄って来た。そして、そのまま走り過ぎる。

何故とシュロさんの後を目で追いかけると、狩人の一人が喰われていた。

苦しそうな声と、もがく腕が見えている。

シュロさんは茎の部分にナイフを突き立てたが、太い茎を切るには役不足だ。


「シュロさんどいて!」


俺は咄嗟に風玉を掌に浮かべ、風が渦を巻く。

シュロさんが事態を飲み込み、横に避けると同時に茎に風玉を放った。

狩人の一人を挟んだ葉が、重々しい音を立て地面に落ちる。

シュロさんが落ちた葉を強引に開き、引っ張り出すように助け出した。


「大丈夫か!」


助けられた狩人は激しく咳き込んでいたが、シュロさんの言葉に何とか頷いていた。

切れた茎から汁が滴り、嫌な臭いを撒き散らす。

吸いたくないと思いながらも俺は荒い呼吸を繰り返し、他の皆も蒼白な表情を浮かべていた。

食事で持ち直した空気が一瞬で凍り付き、嫌悪感を抱くような肌のべた付きと沈黙がその場に停滞した。

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