29.魔物の生体

姿は見えないが、ナビなら何か知っているかもしれない。

辺りを経過しながらナビを探す。


「これは蜘蛛の糸で間違いありません」


蜘蛛の糸に絡まりながら説明をするナビを見つけた。

こういう罠には引っ掛かるのかと呆れながらも、引っ張ってやる。


「何やってんですか?」


狩人の一人に見つかり、俺は変な体制のまま固まった。


「間抜けな妖精が糸に絡まってな」

「ああ、見えないという噂の妖精ですね。僕も手伝いましょうか?」


俺を引っ張る感じで手伝ってもらい、何とかナビを引き剥がせた。

親切な狩人で助かった。妖精の事も信じてるしな。


伸びて一回り大きくなった顔のナビも、その狩人に礼を言っていた。

聞こえないので俺が代弁してやる。

こういった時、不便だよな。


「成長した私に向かって失礼な!」

「顔が伸びただけだろうが!」


もう一度糸に張り付けてやりたくなったが我慢した。どうせ取るの俺だし。


俺がナビと遊んでいる間もシュロさんは木に登り、蜘蛛の姿を確認できないかと辺りへ視線を飛ばしていた。

クメギも違う木に登っている。

俺も木登りなら散々やって来た。違う木を駆け登り、周囲に目を向けた。

それほど目が良くない俺が確認できたのは、辺り一帯に張り巡らされた糸だけだ。

他には何も見つけられそうになかったので、俺はすぐに木を降りた。


「それで、その蜘蛛の名前はなんていう名前なんだ?」


さり気無くナビに聞いてみる。


紅晶こうしょう蜘蛛ぐもです」

「紅晶蜘蛛と言うぐらいだから、赤い蜘蛛なんだろうな」

「どうなんでしょうか」

「水晶のように固いとか?」

「かもしれませんね」


名前以外は上手く誤魔化されてしまった。

名は体を表すと言うが、水晶を纏った蜘蛛なのだろうか。

シュロさんなら何か知っているかもしれない。


木から降りてきた所で、俺は魔物の名前を告げた。


「ここにいる魔物が解りました。紅晶蜘蛛です」

「さすが旅をして来ただけあるな。それで、どんな魔物なんだね?」

「さあ、どんな魔物なんでしょう」

「……」

「……使えない奴」


シュロさんと俺の噛み合わない会話に、クメギの冷たい言葉が突き刺さった。


結局、紅晶蜘蛛の姿は二人も見つける事が出来なかったようだが、姿が見えないほど遠くにいる事になる。

危険を考えれば少しは安心できるだろう。

蜘蛛の糸は川沿いの木には張られず、川と平行に南東へと広がっているのが確認できたそうだ。

水を嫌ってそうなったのかは分からないが、川より村側には来てないと分かっただけでも収穫だ。

糸の太さから言っても、太刀打ちできる魔物ではない。


「大型の魔物という事は群れではないはずだ」

「まだ子供なら群れを成しているのかも」

「群れなら一匹位見つけられても良さそうだが……、糸の太さからしても子供とは考えられんな」


シュロさんとクメギの話に俺も加わって質問してみる。


「洞窟か穴に潜んでて姿が見えないとかですかね?」

「これだけ地上に糸を張り巡らして、地中に潜るとも考え難いな」

「という事は、巨大な蜘蛛一匹?」

「一匹でこれだけ大きな縄張りにいるとは考えられないわ」

「いや、敵を遠ざける為に糸を張ってるとしたら一匹の可能性もある」

「遠ざける? この糸は罠じゃなくて侵入されない為の壁だという事ですか?」

「一匹。しかも、敵を遠ざけていると考えると危険ね」

「どういう事?」

「子を孕んだ雌の可能性がある。今の時点で断定はできないがね」

「確証を得るために、生贄として誰か引っ掛かってくれないかしら」

「こっち見てんじゃねえよ!」


今日はこれ以上は得れる物は無いだろう、と引き上げる事になった。


慎重に川へ戻り、岩を飛びつつ対岸に渡る。

渡り切った所で先頭を行くシュロさんが片手をあげた。

茂みに隠れつつシュロさんの視線の先に目をやると、見覚えのある姿があった。

沙狼しゃろうだ。このまま気付かず戻っていたら、出会わせていただろう。

ここからは東から西へと進んでいる一匹しか見えないが、前に見た時は後から二匹、続けて現れた。

このまま様子を見て、通り過ぎるのを待ったほうが良いのだろうか。


沙狼がこちらに気付かず西へと消えていった所で、シュロさんも動いた。

次が来る前に川を戻ると言う。


川を渡った所で俺はシュロさんに駆け寄った。

あのまま様子を見てやり過ごしても良かったはずだ。

今の所、紅晶蜘蛛の姿は見えないが、何時現れてもおかしくない。

前方の敵を恐れすぎて、後方の敵に襲われる可能性もある。

そこの所を聞いてみる。


「奴らは少なくても三匹、多くて五、六匹で移動する。後続が左右に膨らみ、三角形を模したような陣形を取る。あのままいたら後続と鉢合わせするかもしれない」


シュロさんは紅晶蜘蛛の危険もあるが、今は沙狼と接触する危険性の方が高いと言った。

万が一、沙狼に見つかってしまっても、不安定な岩の足場を渡ってくる事はないという考えで、この場所まで引いたらしい。


「最悪、川に飛び込めば助かるさ」


シュロさんは軽く笑みを作り、対岸へと視線を移した。

それから暫くして後続の沙狼が姿を現す。

先程、俺達がいた場所で鼻を鳴らし、辺りを警戒するように顔を上げた。

身を固めその様子を見守っている俺の前で、沙狼はそのまま茂みへと消えていった。


あのままいたら確実に戦闘になっていただろう。

俺はまだ沙狼の生体を把握しきれていなかったと痛感した。

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