28.再び北の森へ

「今日は弟子復帰という事で彼を連れていく。分からない事があれば何でも聞くようにな。みんなも教えれる事があったらどんどん教えてやってくれ」


紹介の挨拶は毎回こうなのかと思いつつ、注目を集めた手前、よろしくと頭を下げる。

クメギは相変わらず敵視するような感じで俺を見ていた。

何だろうねこの子は、もっと人と普通に接触できないと世の中渡ってはいけませんよと言いたい。


「あなたの奥底にある悪を見抜かれているのでしょう」


ナビは所かまわず絡んでくる。

俺も性根は良い子なのに。


「自分を良い子だと言う人に良い人はいません。以外に悪ぶってる人が良い人の場合もあります」


それは比率の問題だと思う。

日ごろ悪い事をしてる人がたまに良い事をするから目立つのであって、逆に良い人が悪い事をしたからと言って、総合的に良い人は良い行ないをしてるもんだ。


「そうなると、あなたは良くも悪くも中途半端な駄目な人ですね」

「結局、落とすのかよ!」


つい口に出してしまった。

急に大声を出したもんだから、また注目を浴びてしまう俺。


「きょ、今日も飛ぶ鳥を落とすのかよ! 的な勢いで頑張ろうかなと……」


苦し紛れの言葉でごまかすも、クメギに冷たい視線を浴びてしまう。


「興味津々な感じで見られてますね」


何処をどう見たらその言葉が出てくる。

俺もナビに冷めた視線を送っておいた。


「——という事で、今日は北の森を調査した後、狩りをしながら村へ戻る事になる。質問はあるかな?」


ナビとのやり取りでほぼシュロさんの説明を聞けていなかったが、今日の事は昨夜話してあるから問題ない。

まず、北の川を超えた辺りまで一気に進み、魔物の姿を確認する。

確認が出来なくても、周辺の様子を探る事で生体が知れるかもしれない。

注意すべきは深追いをしない事。

最悪、魔物を確認出来なくても、皆が無事に村に戻れれば良いのだ。


質問もなく、すぐに出発となった。


「では、いくか」


言葉に皆が頷くと同時に、シュロさんが一気に走り出す。

クメギが続き、他の人も後を追う。俺も身体強化を使い、最後尾を行く。

永続的に使えると知った今、出し惜しみする事はない。

最大魔力が減っている事だけ気を付ければ良いのだ。


森には倒木や、低木、木の根など走るのに障害となる物が沢山ある。

シュロさんはそれらを器用に避け、予めコースが決まっているかの様な足取りで突き進む。

他の人もシュロさんの取ったコースを追随するが、少しずつ距離が離されているのが分かった。


クメギだけは取るコースが違った。

多少の茂みなら潜り抜け、小さな隙間もスピードを殺すことなく通り抜ける。

確かに小柄な体格だが、猫のような柔軟な体だから出来るのだろう。

誰もクメギと同じコースを辿らない事でわかる。

俺も同じコースを辿る気にはなれない。

何処かの隙間で挟まって動けなくなるのが、やるまでもなく分かるからだ。

もしクメギが師匠となって教える立場になったとしたら、弟子は大変だろう。

いろんな隙間に挟まる弟子達を叱咤激励するクメギが出てきて、思わず笑みが零れてしまう。


「未来の嫁さん候補ですか?」

「何でそうなルブッ!」


ふいに現れたナビに前面が不注意になり、おもいっきり枝に顔面を叩かれた。

痛みを堪えつつ、皆から遅れないように俺は走り続ける。


シュロさんは隊列が伸びすぎないように、時々、立ち止まって後続を待つ。

追いつくとまた走り出すシュロさんを追いかけ、へとへとになりながらも川付近まで一気に走り通した。

一気に行くとは言っていたが、こんなスピードで来るとは思ってもいなかった。


「ここからは慎重に行く。息を整えたら出発だ」


肩で息をしながらシュロさんが言う。

息は上がっているが、このまま折り返して村まで走れそうな感じだ。

クメギも同じような感じで枝葉を払っている。

他の人は地面に座り込み、人生が終わったみたいになっていた。

今、君たちの仕事は酸素を大量に吸い込むことだ。

俺は膝に手を置き、辛うじて立っている。

身体強化の分まだ他の人達よりましだ。

シュロさんとクメギは例外としてだが。


暫く休憩を挟み、川の渡れる場所を探す。

川幅は飛び越せる幅でもなく、底も深そうだ。

更に流れも速いので、落ちたら這い上がってくるのが大変だろう。

辺りを警戒しながら川沿いに進み、川から突き出る岩を見つけた。

シュロさん、クメギと続き、他の人も岩を足場として渡っていく。


「最後のオチに期待です」

「期待すんな!」


ナビに突っ込みを入れつつ、俺も渡り切った。


川を渡った森をしばらく進むと、異変に気が付いた。

木を繋ぐように白く濁った蔓、いや綱のような物が張り巡らされている。

弛んだそれは俺の目線にあり、透明テープを張って顔面をぶつける悪戯のようでもあった。

それ自体に粘着性があり、張られた縄の至る所から垂れている。

これで考えられる魔物は蜘蛛。それも普通の蜘蛛ではなく、俺の身の丈を超す巨大な蜘蛛だ。


「これは大蜘蛛の糸か」


シュロさんが糸とは思えない糸を木の枝で突き、粘着を確かめていた。

蜘蛛の糸なら、この先は縄張りの中という事になる。

これ以上先に行く事は危険だ。この場にいる事自体、すでに危険なのかも知れない。

俺は静まり返った森の奥へ目をやった。

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