16.張詰めきれない戦い
不意に森の闇から姿を現したのは一匹の小柄な猿だった。
お道化るように道の真ん中に着地した猿は、黄色い毛並みを靡かせ猿特有の鳴き声を立てる。
白髪混じりのおじさんに聞いた特徴と一致するから、これが
夕食をここまで持ってくるまでの間、香りを垂れ流していたと考えるなら、この事態を招いたのは俺だ。
どう切り抜ければいいのだろうか。俺になす術はあるのだろうか。
戦闘らしい戦闘をせずにいきなりこの状況はきつ過ぎる。
二匹の狼は唸りを上げ、痺猿との間合いを詰めていく。
そこで俺は不自然な事に気が付く。
俺って全言語が解るんじゃなかったか。
痺猿と狼の言葉が解らんのだが。
「下等な生物の言葉などいらないという善意なる処置です。考えてみて下さい。小さな虫や食料となる生き物の言葉など分からない方が良いんです」
そういえば、ナビには俺の心の言葉が筒抜けだった。
しかし、何でこいつは何時も自信ありげに断言できるのだろう。
「そういう訳で、痺猿も
沙狼とはあの狼の名前か。
言葉が分からない設定でも名前が分かっちゃう設定なんだな。
俺とナビの妙なやり取りの間にも状況は変わっていた。
道の真ん中に躍り出た痺猿は沙狼が近づいても緊張は見せず、その場でぶらぶらと長い手を揺らしている。
更に沙狼が歩を進め、唸り声を強めていく。
次の瞬間、森の木から複数の影が飛び降りた。それも沙狼の上にだ。
影は四匹の痺猿となり、沙狼の上にしがみ付く。
沙狼は身を震わせ、上体を崩した痺猿の喉に食らいついた。
痺猿は首を噛まれた状態で引き剥がされ、地面に叩きつけられるとピクリとも動かなくなった。
代わるように道の真ん中にいた痺猿があいた背に飛び乗る。
二匹ずつ痺猿を背に載せたまま、沙狼は振り落とそうと身悶えた。
なかなか痺猿を剥がせず、沙狼の動きが鈍くなってきていた。
疲れではなく麻痺。痺猿の爪牙には麻痺毒がある。
振り落とそうとする度に、痺猿の爪が肉に食い込んでいるのだ。
尻にしがみ付いていた痺猿が噛みつくと、好機と見たのか痺猿が一気に倒れた沙狼に襲い掛かった。
沙狼も体勢が崩れた状態で四匹相手は荷が重い。
もう一匹の沙狼の援護も虚しく、痺猿の餌食となった。
四対一。体格の差があれど沙狼の劣勢に見えた。
間も置かずに四匹の痺猿は沙狼に飛び掛かる。
一匹の腕に噛みつき文字通り食い止めた沙狼だったが、他の三匹の動きまでは止められない。
三匹の痺猿は沙狼の上に飛び乗り、爪を食い込ませていく。
勝敗が決まると思えた時、沙狼が高く叫び身を大きく震わせた。
沙狼の姿が朧気になり、四匹の痺猿が吹き飛ばされた。
その一匹が俺の上に落ちてくる。
「ぐえっ!」
潰された蟇蛙のような声を上げてしまった俺は、あっけなく見つかった。
こんな近くで戦われたら、どんなに隠れるのが上手い人でも見つかるよな。
「くそっ! 結局こうなるのかよ」
俺は悪態をつきながら身体強化で風を纏う。
時間的に魔力は全快していたから、七発の攻撃が可能だ。
重い足取りで、こちらも威嚇するように唸りを上げる沙狼。
一匹は腕に傷を負いながらも、ばらばらに散った四匹の痺猿。
俺が生き残るにはどうすべきか。
「当然、こっちだよな!」
俺は瞬時に水の玉を浮かべ、俺の上に落ちてきた痺猿を狙う。
水の玉は顔面に吸い込まれるように当たり、痺猿は一回転して地面に倒れ込んだ。
痙攣するようにぴくぴくしてるという事は、死なないまでも倒せるという事か。
当たり所が良ければいけるが、今のは動いていなかったから当たっただけ。
お互い動いてる中で、うまく急所を付けるのだろうか。
「俺達も戦う」
「モフモフ!」
二つを吸収した寝起きのモフモフが俺の横に立つ。
流石にこれだけ騒がしければ起きてくる。起きるのが遅いくらいだ。
これで形勢が変わってきたと喜ぶも、横合いから出て来た沙狼に痺猿の一匹が頭を噛みつかれ更に事態は変わる。
初めに道を横切って行った沙狼が戻って来たのだ。
これで痺猿の残りは、手負いの一匹を含む二匹。
二匹の前に変わり果てた姿の仲間が投げ捨てられ、二匹は一気に飛び上がると森の中へと逃げ込んだ。
痺猿と沙狼の同士討ちで、漁夫の利と言わずまでも何とかこっちの有利に運ぼうとした結果、二匹の沙狼と対峙する事になってしまった。
これは勝てる気がしない。
「ここは二手に分かれてやろう」
モフモフが頼りがいのある足取りで前へ出る。
そのまま、重い足取りの沙狼へと歩いていく。
ちょっと待て。なんで自信満々で弱った方の相手しに行ってんだ。
お前、少しは強い魔物じゃなかったのかよ。
信じられない思いでモフモフを見る俺の前に、元気な沙狼が割り込むように進み出てきた。
元気な沙狼は凶悪な牙を剥き、俺を睨み付ける。
お前ら相手を間違ってるだろという心の叫びは、ナビにしか届かなかった。
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