17.絶望からの幸せ
大型の狼と対峙した時あなたはどういう心境になりますか、と問われたら俺は迷わずこう答えるだろう。
絶望する。
そしてこの状況、絶望していても可笑しくない状態だというのに俺の心は落ち着いていた。
混乱し過ぎて、どうにかなってしまったのだろうか。
恐怖がないとは言わない。緊張もしている。
しかし、何処かで爽やかな安らぎも感じていた。
相反する感情が沸いているのだ。
「風を身に纏っている隠し効果です。属性ごとに特色があり、すべてプラス効果となります。初心者なら率先して取る事をお勧めします」
「言うの遅いだろ!」
「先に知ってしまうのは面白みに欠けます」
「お勧めってのは、勧めてこそお勧めじゃねえのかよ!」
「あなたは店でお勧めされた物を素直に買いますか?」
「……買いたいやつ買う」
ナビとのやり取りを、
そらそうだろ。一撃で
「さて、緊張が台無しになった所で始めようか」
俺は恐怖を吹き払う様に大きく息を吐き出した。
警戒で沙狼の動きが一瞬止まった所で、掌に水の玉を浮かべ瞬時に放つ。
沙狼は身を捻ったが腰の辺りに着弾した。
体勢を崩した沙狼に追い打ちで水の玉を打つ。
水の玉が顔面に当たると確信した瞬間、沙狼が雄叫びを上げた。
沙狼の姿が朧になり、水の玉が後ろの地面で破裂する。
通過したのか。理解しようと目の前の沙狼から意識が飛んでいた。
突然現れた巨大な口に慌てて身を捩るも、交差した時に爪が肩を掠めていった。
肩の激痛に地面を転がりながら、俺は沙狼を睨みつけた。
今、目を離せばやられる。足に力を込める。
今、立ち上がらなければ——。
苦痛と闘志を雄叫びに代え俺は立ち上がった。
しかし、目の前に沙狼はいない。
何故と見渡せば、沙狼を倒したモフモフがこちらを静かに見ていた。
俺が戦っていた沙狼は、形勢が不利になったから逃げたのだ。
俺はへなへなと倒れ込んだ。
そこから俺は来た時の倍の時間をかけて、なんとか村にたどり着いた。
ふらふらになり過ぎて門番の人が慌てていたのは覚えているが、何を言っていたのかは記憶にない。
俺はそこで倒れ、起きたのは翌日の昼過ぎだ。
目が覚めた俺に気付いたルーフは、満面の笑みで近くの村長に目が覚めたことを告げた。それも大声で。
耳を押さえようとして、肩の激痛に悲鳴を上げる。
慌てたルーフに抱えられ、俺は何とか身を起こした。
見慣れた景色。村長の家だ。
村長は喜ぶルーフを落ち着かせつつ、俺の側に立った。
「大丈夫かい? しばらく休んでなさい」
優しい言葉が心地よかった。
「それより、それだけの深手でよく自分で処置できたものだ。流石と言えば良いのかどうか」
村長が言うには、もっと旅慣れた人だと思われていたらしい。
国から密命を受けるのも旅をするのも、続けていれば危機管理能力が発達する。
俺はそこら辺が全然足りないのだろう。
ちなみに傷の応急処置はモフモフがしてくれた。
それでも完璧な処置とは言えないからと、村の途中まで送ってくれたのだ。
「それで、どういった経緯でこうなったんだい?」
村長はルーフを追い出し定位置に座る。
昨夜、戦った場所に人を行かせたと語った。
戦った形跡はあったが、死体はなかったらしい。
モフモフが食い物とか言ってたから、食ったんじゃないだろうか。
俺は調査中に魔物同士が戦ってる現場に居合わせたと説明しておいた。
「ふむ。昨夜の事は災難だったとしか言いようがないな。それで、君の連れているのは何だね」
「ああ、これですか。使い魔です。色々、手助けをして貰ってます」
「ほう、それで君は二匹も出せるのか」
「頑張れば七つまでいけます」
「そんなにもか!」
これはやばい雰囲気だ。あのキャラが出ると面倒臭い。
目を見開き立ち上がる村長。俺はキャラが出る前に、怪我をアピールしつつ咳き込んだ。
「君には驚かされてばかりだ」
落ち着きを取り戻した村長は、そう言って座り直した。
「その使い魔には名前はあるのか?」
「モフモフです」
「で、そっちは?」
「モフモフです」
「ああ、そっちがモフモフだったか。それで、もう一匹の方が?」
「モフモフです」
「え?」
「え?」
俺は療養しつつ村の暮らしを楽しんだ。
モフモフの食事は、小さなモフモフを入れ替えながら渡している。
今の所、家を壊した魔物とは思われていないようだ。
小さくなれば不思議と可愛くなるもので、害がないと分かった村人にも馴染んできている。
今は二つのモフモフだが、時期を見て少しづつ増やしていこう。
村はモフモフ流治療法を覚え、モフモフ流自然の極意を覚え、他にも色々なモフモフ流を吸収していった。
俺はと言えば、使い魔のモフモフに使われる通訳として大活躍だ。
ナビのちょっかいに突っ込む姿も村人に説明する内に、見えないが口煩い精霊もいるのだと浸透した。
「異世界の生活も良いもんだな」
「村に着いただけで旅人気取りですか?」
「うっせえよ!」
俺はナビを叩きながら、小さな幸せを噛み締めた。
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