15.新たな魔物

夕食後、俺は村長に村の外に出たいと告げた。

モフモフ用の食事は既に複写して隠し持っている。

昼は見張り二人が外を警戒しているが、夜は更に門番が東西の出入り口に立つ。


「出る時は見張りか門番に言ってくれれば、いつでも出れる様に話を通してある。帰ってくる時は道沿いに来るように。安全が確認できるし、見張りに視認されるのも早くなるからな」


さすが村長やる事はやってくれる。

やらない時はやってくれないけどな。


俺は村長に礼を言い、そのまま東の出入り口へ足を向けた。


「今から少し外へ出たいのだけど」

「ああ、村長から話は聞いてるよ。気をつけてな」

「どうも」


なんかあっけないほど簡単に出る事が出来た。

こういうもんなのだろうかと思いつつ、俺はがたがたの道を進んだ。


夜とは言え、星の光で雑草交じりの道でも何とか歩ける。

道を外れれば真っ暗な森が待っている。

地の身体強化を取れば、もっとスムーズに歩けるのだろうか。


道はすぐに北側へと曲がり、村の光が見えなくなった。

風が樹々を騒めかし、肝試しを思い出す。

あの時はグループで回ったが、今は一人だ。

それも魔物がいるという森の道。

道を歩いてれば格好の的だろうと思いながらも、森に入ろうとは思えない。


「モフモフー」


小さく叫んでみる。

モフモフと分かれたのはもう少し先だが、いきなり出て来られるより遠くに出てきた所を俺が見つけたい。


「モッフモフー」


怖さを和らげるために陽気に呼んでみた。


「戻って来たのか」

「ギャー! 出たー!」


突然後ろから掛けられた声に飛び上がるほど驚く俺を、小さなモフモフが不思議そうに見ていた。


「モフモフかよ、驚かすなよ!」

「仲間驚かすほど俺たち悪い奴じゃない」


言いたいことは分かるが、それは違うと言いたい。


「また二つで見張って五つは寝てるのか」

「夜はいつもこう」

「そうだ、食事持ってきたけど食うか?」

「もう一つ呼んでくる」


小さなモフモフは草の中へと入っていき、二つになって戻ってきた。

俺は大きな葉で包んだ食事を広げて置いてやる。


「これ以外にもちゃんと食事取れてるのか?」

「この先の川で小さい魚少し取れた」

「じゃあ、あんまり食えてないって事か」

「今食ったから一つになればみんな一緒になる」

「食ってない奴と満腹の奴がいても、一つになればそこそこ腹は満たされるって事だな」

「そんな感じ」


感心する俺の前で、小さなモフモフは包んでいた葉ごとぺろりと平らげた。


「何も葉っぱごと食べなくても良いだろ」

「魔物は鼻がいい。匂残すと居場所バレる」

「バレると危険」


二つに言われ、やっと俺は気付く。

わざわざ二つで食ったのも早く匂いの元を断つ為だったのだろう。

自然の中に調理した匂いが香れば不自然に目立つ。

村を訪れた背広姿の俺のように。


「すまん、そこまで考えてなかった」

「大丈夫」


小さなモフモフは森の闇を見ながらいった。


「……もうバレた後」

「それ大丈夫じゃねえよ!」


慌てて小さなモフモフが見ている森に目を向けたが、何も見えない。

身を屈めながら近くの岩場に身を潜める。


「何も見えんのだが、本当にバレてんの?」

「こっちに近づいて来る」


臭いを辿ってこっちに来ているだけなら、まだ姿は見られていないのかもしれない。

もしかして痺猿ひえんだろうか。

そういえば、南北で魔物の縄張りが別れていたな。

痺猿の縄張りは村の南側。

だとするなら、ここは違う魔物の縄張りか。


緊張したまま、時だけが過ぎていく。

小さなモフモフは警戒した様子で首を回し、辺りの気配を探るように動いていた。

俺は見る事を諦め、耳を澄ましてみる。

風に邪魔されて何も分からない。

気配りはまあまあ出来る方だったが、気配を読む事なんてなかったからな。

普段から自然の中で生きているモフモフが、俺よりこういう事に長けているのは間違いない。

あれこれ頑張ったが、俺には無理だったようだ。

伏せたまま小さなモフモフの出方を待つことにした。


それから数十分後、草が揺れ一匹の魔物が姿を現した。

大型犬よりでかい。狼か。

どう見ても猿には見えないから、ここは痺猿とは違う魔物の縄張り。

一気に緊張が高まり、動向を探るように凝視した。

魔物は地面を嗅ぎながら道を横切っていくかに見えたが、道の中央で立ち止まり、こちら側へ顔を上げた。

星に照らされた魔物は毛がさらさらと流れ、何かを散布しているように時折霞む。

シルエットとして俺にそう見えただけかもしれないが、普通の狼とは違うのだろう。

視線を感じたのだろか。魔物はこちらへ顔を向けたまま動かない。

気付かれたか。俺は慌てて視線を外した。

心臓の音が地面を揺らしそうなほど高鳴る。


魔物はゆっくりと辺りを見回し、そのまま道を越えると対岸の森へ姿を消した。

ほっと息を吐き、仰向きになって倒れ込んだ。

こんなに緊張した事はない。

高鳴る鼓動を押さえるように深呼吸を繰り返す。

何もしていないのに疲れが溜まっていくようだ。


ようやく落ち着いてきた所で、森の中から小さく鳴く声が聞こえた。

俺には暗すぎて見えないが、さっきの魔物だろう。

もう一度鳴き声が聞こえ、遠ざかってるのが分かった。


やり過ごしたようだ、と大きく息を吐き出そうとした瞬間、先ほど魔物が出てきた茂みから二匹の魔物が姿を現す。

狼のように群れを成す魔物だったか。

慌てて息を止め、それとなく姿を確認する。

直視しないよう視野に入れる。


「見つかった」


小さなモフモフが囁く声と魔物の唸り声が重なる中、視線はこっちを見ていなかった。

黒い森からこちらを伺う何かの視線を感じた。

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