4.一難去らずにまた一難

背広姿の俺はこの世界の人間に異質に映ったであろう。

この格好のまま追いかけても怪しまれるだけだ。

何か違う服か装備にしなければ。


「この世界に合った服装ってないのか」

「背広じゃ世界観が違いましたね。じゃあ、裸にしましょう」

「身ぐるみ剥いだだけじゃねえか!」

「布の半袖、短パンで良いですか」

「せめて長くしろ!」


第一村人が他の村人を連れてくるまでに、無駄なやり取りが続いていた事は言うまでもない。

なんとか飾りっ気のない布制の上下と、革の靴を履いた状態で村人とは対面できた。

背広は戻る時までちゃんと保管してくれるようだ。


「ナビは他の人に見えるのか?」

「見えませんので、あなた一人だけが騒がしい人に見えます」

「俺だけ怪しい奴かよ!」


「ひいぃっ!」


途中からやり取りを見ていた第一村人が必要以上に恐れていた。

まずい、どうにかしなければ。


「怪しまないで大丈夫ですよ。ただ立ち寄ってみただけですので」


俺は慌てて笑顔を作り、落ち着かす努力をする。


「魔物が跋扈ばっこする世界で手ぶらでやってきて怪しくないって言われても……、という顔されていますね」


ナビ、この野郎。誰もいなきゃ叩き落していたぞ。


こうなったら土下座するしかないか。

土下座の意味が解らなくても、頭を下げてる奴を追い返そうとはしないはず。

俺はゆっくりと膝をついた。


「俺は何の力もないか弱い人間なんだ! お願いだ、話を聞いてくれ」


頭を地面に擦り付け、俺は必死にお願いする。


今まで家の影から、こちらを伺っていた村人たちが出てくる気配がした。

村人が色々と話し合う間、俺は地面を見つめていた。

辺りは次第に暗くなってきている。

このまま夜の森に投げ出されたら、俺は生きていけるのだろうか。


「顔を上げてくれ」


優しい声に俺は半泣きになりながら笑顔を作り、顔を上げた。

第二村人よ、お前は良い村人だな。

俺が優しい眼差しの第二村人に感謝した時だった。


俺の顔の横を何かが通り過ぎ、後ろの地面が音を立てる。

振り返ると地面に槍が突き刺さっていた。


「簡単に信じないで! そこの侵入者、さっき一瞬で姿が変わったわ。何か変な術を使うに違いない」

「ひいぃ!」


やっぱりという感じで、第一村人が悲鳴を上げる。

しまった。服を着替えたのを見られていたのか。

下手に着替えずに、背広のままでいた方が良かったかもしれない。


村人を掻き分け出てきたのは、獣の皮を纏う女の子。

日に焼け引き締まった腕、柔軟性を感じさせる太腿、まぎれもなく第一狩人だ。


「みんな離れて! 油断した隙に襲う気よ」

「違う! 俺はそんな怪しい奴じゃない。俺はただの一般人だ!」

「いっぱんじん?」


村人が揃って首を捻る後ろで、家が爆音と共に破裂した。

飛び散った木切れや藁が音を立て落ちてくる中、悲鳴が上がる。


「貴様の仲間か!」


第一狩人が剣を抜き俺に突きつける。

何代にも渡って使い込まれてきたものか、その剣は刃こぼれした物だった。


「違う! 俺じゃない!」


俺は第一狩人の厳しい目を見返して答える。

睨み合う感じになってしまったが、ここで引く訳にもいかない。


二人が対峙している横で、村人たちは混乱しながら騒ぎ立てていた。

崩れた家の柱が音を立て割れ、黒い何かがゆっくり顔を出す。

同時に藁の一つに火が点いた。

夜を前に焚いていた篝火から燃え移ったのだ。

火は降ってきた藁へと次々に燃え広がっていく。

闇に染まっていく空と対象に、燃え上がる炎に照らされた黒い侵入者は、村人に恐怖を呼び起こさせた。

火と悲鳴が舞い広がる。


「動ける者は火を消すんだ! 戦える者は武器を持って私と共に。それ以外の者は風上に退避!」


第一狩人は俺を置いて潰れた家の方へ走っていった。

鼓動が聞こえるほど跳ね上がるが、体が動かせない。

落ち着け俺。今、何をするのが最善手だ。


「あの黒い侵入者のおかげで助かりましたね」


今まで影を潜めていたナビがいつの間にか俺の横に浮いていた。


「お前、何処にいたんだ。少しは俺の事助けようとしてくれよ。死にかけたぞ!」

「私はナビゲーターです。助けるような力は持ってません」

「それでも普通は何とかしようとするだろ」

「そうですね。力を使う気もないようですし、逃げましょうか」


魔物と火の粉に混乱する今なら逃げられるかもしれない。

しかし、何処へ逃げればいいのだ。

そこまで考え、俺はナビの言葉に引っかかる。

ナビは俺に力を使う気がないと言った。

そう、俺は魔法という力がありながら、ここで逃げるのか。

俺より弱そうな村人達が必死な今こそ、俺がやらないでどうするんだ。

こういう展開で活躍する事を夢見ていたはずだ。


混乱の渦の中、俺はゆっくりと立ち上がり黒い侵入者を睨んだ。

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