第18話俺と後輩と喧嘩
「「あ」」
昼休み。飲み物を買おうと自販機がある校舎裏へ来るとそこには丁度イチゴ牛乳を買った静香がいた。
きっといつもならどちらかが声を掛けて、ここで少しの間談笑などをするのだろう。だが今日は違った。互いに顔を合わせるものの敢えて言葉は交わさず、そして静香は去っていた。
俺達は現在、一年の間に何度かする喧嘩中なのだ。喧嘩の理由は本当に些細な事だったと思うのだが、互いに意固地になり三日以上口を聞いていない。
友人の霧道からは早く仲直りをした方がいいと言われ、その霧道の彼女である生徒会長も女性目線で年上なのだからと俺に寛容になるように言ってきた。
正直仲直りすることに関しては別に嫌ではない。だがしかし問題はその仕方。いつもは向こうから声を掛けて来て、次の日には喧嘩をしたことなどケロッと忘れたフリをしていた。
改めて考えてみると喧嘩をした相手に自分から声を掛けることなど俺には出来ないと思う。確かに静香とは今までに何度も兄妹喧嘩の様なものを繰り返しているが、今思えばそれらが何事もなく解決したのは全て静香が自分から歩み寄って来てくれたおかげかもしれない。
俺は自販機に小銭を入れると好物のブラックコーヒーのボタンを押した。
*
放課後。今日も昨日と同じように一人で帰ろうと思い校門を出るとそこではいつも一緒に帰っている時と同じように俺にとっては唯一の後輩が立っていた。
俺は心の中で戸惑いつつも静香の目の前を素通りし、家路を辿る。
後ろからは重い足取りが聞こえ、彼女も俺が彼女にかける言葉を探しているように俺にかける言葉を探しているのかもしれない。そう思うと不思議とニヤけてしまう。
喧嘩をしても結局は互いのことを気にしてしまっているのだから。
俺が微かに笑い声を漏らすと後ろからも小さな声で笑った声が聞こえたような気がした。それから俺は少しずつ歩幅を縮め、静香が追いつくぐらいのスピードを保った。
そしてその後静香は、そろそろ家が見えてくるというところまでくると何かを決めたのか。俺の隣に並んで歩き始めた。
「先輩、顔をひっかいちゃってすみませんでした」
謝られた俺は頬に貼られた絆創膏を触る。爪で引っ掛れて血が出た時のことを思い出したからだ。
あの時はポタポタと知が垂れていて本当に怖かった。
「ですが、先輩。私が謝るのはその怪我のことだけです。それ以外のことは絶対に謝りません」
静香はそう言うと走って自分の家の前まで行き、こちらを見ずに言った。
「なので、先輩も謝らなくてもいいですよ。だから先輩も私が怪我をさせたことを許さないでください。これで御相子です。ではまた後で、着替えてからまた先輩の部屋に行きます」
静香はそう言って自分の家の敷地へ入っていた。そしてその後を見送った俺はゆっくりと道を歩き、考えながら家の敷地に入る。
俺が考えていること。それは俺と静香が喧嘩をした原因。それは俺のクラスメイト達が話していた会話の内容。そしてそれらの内容を俺が、静香の目の前で肯定してしまったことだろう。
そしてその喧嘩の引き金となった話題というのは――
「やっぱり、釣り合ってないよな」
俺と静香では釣り合ってないというものだ。そして俺は当然、それを静香の目の前で肯定した。きっと静香にとってそれは俺と過ごしてきた長い時間を否定された気分だったのだろう。
だがしかしそう思ったのは静香だけではなかった。俺だって他人に何と言われようとあいつと過ごしてきた日々をそんな簡単な言葉で否定などされたくなどなかった。
もしも俺が何でも思ったことが言えるような人間だったらこう言っていただろう。「他人に何がわかる」と。
だがしかし俺はそれが出来なかった。それどころか、肯定してしまった。自分達は釣り合っていないと。自分は静香よりも劣った人間だと。そんなことをすれば、あいつが怒るのは当然だというのに。
きっと俺はこれからも何度もこう言うことを繰り返すのだろう。自分があいつよりも劣っていると。釣り合っていないと。そしてその度に喧嘩をする。その度に怒られる。
だけどきっと、それは大事なことなのだろう。そもそも喧嘩したぐらいで離れられるのなら苦労など初めからしていない。喧嘩をしても最終的には離れられない。だから自分を理由にあいつから離れることを試みても、最終的には戻ってしまうのだ。あいつの隣に居たいと。
本当にこれが恋とか愛というのなら笑いものだ。自分がふさわしくないと思いながらも隣に居たいと思ってしまうのだから。周りも相手のことも何一つ考えてはいないのだ。自分の事しか考えていない。我ながら最低だと思う。だが、悪い気分ではなかった。
なぜならそれは自分が本当はどうしたいのか。どうなりたいのかを理解して行動しているということなのだから。
さて、家に帰ったら着替えてあいつが来る前にジュースと何かお菓子を用意しておいてやろう。謝らなくてもいいとは言われたが、こちらにも少なからず罪悪感はあるのだから。これぐらいはさせてもらわないと俺も困る。
俺はそう思い玄関の鍵穴に鍵を差し込んだ。
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