第17話俺と後輩とトラウマ

「せーんぱい‼」


 朝、七時過ぎ。何度起こそうとしても起きない静香を無視して学校に登校していると後ろから駆け足で俺の後を追いかけてくる声が聞こえた。


「ヒドイですよ、先輩。何で私を置いていくんですか?」

「言っておくが、今日はワザワザお前の家に行って、五回ぐらいは声を掛けたんだぞ。それでも起きなかったのはお前だ」

「お説教をするぐらいなら、今度から六回声を掛けてください」

「少しは自力で起きる努力をしろ」


 そんなこんなでいつもの様に一緒に登校することになった俺と静香はいつもの如く適当な雑談をしていた。


「先輩はどう思います」

「ありえないし、胡散臭い」

「先輩ならそう言うと思いましたよ。本当に夢がありませんね」


 俺達が今話していたのは、王子様のキスで呪いが解けるという昔話によくある展開についてどう思うかという内容だった。そして静香は俺の回答が少しばかり気に入らなかったのか頬を膨らませている。


「先輩はきっと、絵本とかも読んだことがないんでしょうね」

「そんなわけないだろ。確かに今の俺はこんな性格だが、小学生とかの頃は友達とかちゃんといたからな」

「先輩に友達ですか? それってどんな幻覚なんですか?」


 先ほどの俺の言葉がそれほど信じられないのか、静香は白い目をこちらに向けていた。


「そもそも俺が今みたいな性格になったのは小学校五年辺りからなんだよ」

「ということはその頃に先輩にとっての分岐点が出来たと言うことですね」

「分岐点ていうほどじゃないけどな」


 俺が人間性を明確に変えた小学五年の二学期。俺の周りには敵しかいなかった。意味もなく急に仲間外れにされることや無視されることが多くなり、時には揶揄われることもあった。

 最初のうちはいつか終わるものだと思い、全てのことを笑って済ませていた。だがしかし俺が笑って済ませれば済ませるほど、周りの態度はどんどん冷たくなっていった。


「それで先輩の性格が今みたいになったのってどうしてですか?」


 静香が核心的な部分を聞いてくるが、俺でも理由がよくわかっていない。そのためこう答えることにした。


「他人が怖くなったからじゃないのか」


 先日の遊園地で俺が自分も他人も信じることが出来なくなっているのはこいつに言われてすんなりと理解できた。なら自分はともかく、どうして他人の言葉が信じられないのか? 

 その答えはとてもシンプルだ。


「いつ自分の敵に回ってしまうか、怖いから。だからきっと俺はいつからか人を信じなくなったんだろうな」


 人を信じて騙されることが怖い。人を信じて馬鹿にされるのが怖い。人を信じて無視されるのが怖い。 

 きっと俺の中には今もそういう恐怖という呪縛の様なものがあるのだろう。


「結局改めて考えてみると、俺も過去のトラウマに悩む一人の人間って言うことなんだろうな」


 俺がそう言って愚痴る間も静香は黙って聞いてくれていた。それはもしかしてよくわからないから何も言わなかっただけかもしれない。だがそれでも昔の話を誰かにしたのは初めてだった。だからだろうか、少しだけ自分の心を締め付けていた恐怖が薄れたような気がする。


「お前は俺なんかよりもよっぽどすごいな」


 俺が隣を歩く静香を唐突に褒めると静香はいきなり俺に褒められたからか、何を言われているかわからないという顔をしていた。


「だってお前と一緒にいると俺は、たまにだけど昔の自分を思い出せるんだ」


 俺は中学に上がる前、完璧に以前の自分を捨てた。だがしかしそんなことなど、できなかったのだろう。こいつに出会ってからはよく頼られるようになり、その度に昔の自分を思い出す。

 誰かに何かを頼まれ、それを喜んで引き受ける。きっとお人好しなどと言われるかもしれないが、昔の俺はそんな子供だった。


「そういえば私。小学生の頃の先輩ってよく知りませんね。少しでいいから教えてくださいよ」

「そのうちな。色々なことが片付いたら教えてやるよ」


 俺はそう言って笑みを浮かべた。そしてその理由はこいつに自分の思いを打ち明けた後に話したいことが増えたからだった。


「何ですか、そのにやけ顔は。気持ち悪いですよ、先輩」


 静香はそう言って俺から少し距離を取った。


「お前。それは俺の笑顔がキモいって言ってるのか?」

「ええ、だって普段あまり笑わない人が笑うと怖いか気持ち悪いかのどちらかですよ」


 俺達はその後もやはりダラダラとしゃべりながら学校に向かった。

 俺は自分のトラウマを自覚した所為か、少しだけしゃべる時に一瞬の迷いを持ったが、目の前にいる相手は絶対に自分を裏切ったりなどはしないと信じた。

 そしてこれほど自分はこの後輩に悩みを聞いてもらっているのに、自分は最近後輩の力になれてないのではと不安にも思った。



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