第16話俺と後輩と観覧車
ゴールデンウィーク二日目。俺は静香に連れられ、今年何度目になるかわからない遊園地へ来ていた。
「先輩。毎回、毎回来るたびに怯えながら観覧車に乗って楽しいですか?」
「お、怯えてなんかねえよ」
現在の時刻は午後七時十分前。そろそろ帰らないといけない為俺達は恒例行事として最後に観覧車に乗っていた。
「そもそも先輩って中学の時はそれほど高いところが苦手じゃなかったような記憶がありますけど」
「あ、ああ。そもそも俺が嫌いなのは中途半端に高いところで。すごく高ければ平気なんだよ」
「ようは極端ってことですね。流石先輩です」
何が流石なのかはよくわからなかったが今はそれどころじゃない。俺が出来るだけ外に視線を向けないようにすると目の前に座る静香は短い溜息を吐き、呆れた顔で言った。
「今日も一番上に行ったら教えればいいんですよね」
「ああ、頼む」
俺が短い返事をするとまるでそれを茶化すためか静香は外の光景を逐一報告してきた。
「見てくださいよ、先輩。下の方でパレードやってますよ」
「絶対に見ない」
「あっ、先輩。あっちでは他のイベントをしてるようですよ」
お前の魂胆は解ってるんだぞ。そう言って俺を揶揄うつもりだろ。だがしかし、今日の俺はお前の相手なんか絶対にしないからな。
「それにしても先輩に怖いものがあるなんて。学校の生徒で知っているのは私ぐらいなんでしょうね」
こいつ。本当にそう言うところは鋭いな。確かに俺は霧道や生徒会長には高い場所が苦手だと言うことを伝えてない。そもそも学校に居れば、そんなに高い場所に行くことなどないから話す必要が皆無なのだ。
「先輩はあれですよね。他人に自分の弱い部分を見せたがらないタイプの人間ですよね」
「何でそう思うんだ」
俺がそう尋ねるとゴンドラ内にしばらくの沈黙が訪れた。そして少し経ってから考えがまとまったのか静香が話し始めた。
「だって先輩、基本的に本音でしか会話しませんけど、それでも他人に話していいことと話したくないことを明確に区別していますよね」
「そんなことはないだろ。それはただ話す必要がないだけだ」
そもそも俺は、区別などしていない。ただ必要な言葉を的確に伝えたい相手に伝える。それだけだ。因みにこの考えの中に恋愛は含まれていない。寧ろ、伝えるべき好機を見誤れば、それはすぐに破綻してしまう。
「ですが、先輩が他の人から誤解を受けるのは主にその考え方の所為なんじゃないですか?」
本当にこいつは俺のことをよく見ている。確かに俺が的確に相手の悪い部分を伝えた場合は調子に乗っていると思われる。だがしかし、必要な会話内容とそれを補足する優しい言葉があればきっと、俺は誰からも好かれる人間になれるのだろう。
俺はそんな、自分にないものの存在を考えて今の自分を否定してしまったことに罪悪感を抱いた。
必要なことを伝えたい相手に的確に伝える。それはきっと静香など、真面目に他人と接している人間からすれば、会話を放棄した逃げに見えるのかもしれない。それどころか、静香はこんな面倒な俺と会話をしているのだから普通の人間以上に気を使っている時もあるかもしれない。
「静香は怖くないのか? もしも余計なことを言ってしまったら。もしも相手を困らせたり悩ませることを言ったらどうしようって」
「確かに私もそんな感情を先輩に抱いていたこともありますが、もう捨てました」
捨てたのかよ。だからこいつは年上の俺相手でも遠慮というものがないのか。
「ですが、先輩。先輩は私にペコペコと頭を下げられたり、悩みを打ち明けてもらえなかったりするのは嫌ですよね」
「ああ。なんだか蚊帳の外みたいで嫌だな」
「多分ですね、先輩。そう考えるのは先輩だけじゃないんです。私だって先輩のお悩みは聞きたいですし、きっと先輩の友人の方々も先輩になら迷惑をかけられてもいいと思っているんじゃないでしょうか」
きっと静香の言う通りだろ。霧道がよく、俺と静香の事を恋人と定義したような会話を投げかけてくることがあるがあれも一種のサインだったのかもしれない。
恋愛の相談にならいつでも乗ってやるから何も考えずに尋ねて来いという。だがしかし俺は、その考えをきっとくみ取れないバカだったのだろう。だからこそ、未だに色々な人間に対して本音を隠している。だから未だに告白の一つもできないのだろう。
つまるところ俺が現在出来ていないのは他人と自分を信じるという行為だった。
自分の気持ちが本物かどうかわからず、人に自分の我儘を押し付けたり、自分の考えを押し付けるのもダメだと思って何も話さない。だけどそれがきっとさっき静香が言ってくれていた誤解に続いていたのだろう。
「わかった、確かにお前の言う通りだな。時には必要な事だけを話すだけじゃダメなんだよな。偶には足を踏み出してみることも大事だよな」
だとしたら俺は多分近いうちに今目の前にいる後輩にとても大事な話を――
「どうかしましたか、先輩」
俺が真直ぐに静香の顔を見つめていると静香は、それを不審に思ったのか俺に声を掛けてきた。
「何でもねえよ」
やっぱりまだ、当分はこいつに何も伝えられそうにないかもしれない。
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