第19話俺と後輩と看病

「さて、先輩。今日はどこで遊んでいきましょうか?」


 学校を出てすぐに俺の隣を歩く静香はそんなことを尋ねてきた。


「ゴッホ。わ、悪いが、今日はもう帰ってもいいか? なんだか寒気と

頭痛がする」


 咳き込みながら俺が提案すると静香は俺の言葉を無視して、こう言った。


「そうです。カラオケなんてどうですか? 久しぶりにパーッと」

「お前、人の話をちゃんと聞け‼」


 具合が悪い所為か、俺が少々荒々しく怒ると静香は一瞬だけ体を弾ませ、作り笑いをした。


「じょ、冗談ですよ。そもそも先輩の具合が悪いのにカラオケなんていけませんよ」


 あ、珍しく静香が優しい。こいつにも一応病人をいたわる心ぐらいはあったんだな。


「だって、先輩の具合が悪いとどちらが沢山歌えるかの競争が出来ないじゃないですか」


 違った。こいつはいつも通り、自分勝手な後輩だった。


「それにしてもなんで先輩は金色に風邪なんてひいたんですか? 馬鹿なんですか?」

「お前、日曜日のこと忘れたのか?」

「日曜日ですか? 何かありましたっけ?」


 先週の日曜日。俺は突然こいつの家に呼び出されて何がしたかったのか、背中に大量の氷を入れられた。そしてあれ以来どこか体調がすぐれない。


「本当にお前はあの氷で俺をどうしたかったんだよ」

「ああ、あれですか? あれは確か、先輩が大きく目を開けたところってあまり見たことがないなと思って、どうしたら目を見開くのか考えていたら、あの方法が浮かんだんです」


 心底どうでもいいことで体調を崩された。


「あ、もしかしてあれが原因なんですか? 全く、先輩は軟弱ですね。私なんて具合が悪くても学校に行った上、先輩には全く弱音を吐かなかったというのに」

「いや、俺の場合今からしたいのは説教だから」

「全く、先輩は。わかりました、今日は私が先輩を看病してあげます。なので、安心してください」


 自信満々に静香がそう言ったが俺は不安だった。


「大丈夫か、静香。看病って言うのは病人の世話をすることであって、病状を悪化させることじゃないんだぞ」

「そ、それぐらい私もわかってますよ。大丈夫です。安心して私に任せてください」


 本当に任せて大丈夫なんだろうか。もう既に静香の所為で風邪が悪化してしまっているような気すらしてきた。



                      *



「それじゃあ先輩。服を脱いでください」


 俺の部屋に入るなり制服姿の静香は笑顔で恐ろしいことを命令してきた。


「え? マジで」

「はい。大マジです」

「いや、流石に俺達もう高校生なんだぞ。流石にお前の前で服を脱ぐなんてこと」

「何を言ってるんですか。休みの日はいつも私がいても無視して着替えてるじゃないですか」

「確かにそうだけど、お前だってあの時は漫画とか読んでて俺が着替えてるところなんて全く見てないだろ」

「いえ、これでもチラチラとそちらに視線を向けていました。それにしても先輩って顔に似合わず、案外筋肉質ですよね」


 静香がそう言って俺の制服のボタンを一つ一つ外し始めると俺は残された力のほとんどを使い、静香を廊下につまみ出した。

 これでゆっくりと着替えられる。それにあいつの場合あのまま続けていたら無意識にズボンまで脱がせに来ていたかもしれない。とりあえず一人でも着替え――

 俺がそう思って残りのボタンも外そうとした時だった。足から力が抜け、視界が真っ暗になった。どうやらそろそろ限界らしい。俺はゆらゆらと揺れる体を自分体中に任せ、前のめりに倒れた。



                   *



 目が覚めると部屋の中は暗く、いつの間にか俺はベッドの上に横になっていた。そしてしばらくの間自分が倒れた後どうなったのかと考えたが、答えはすぐ近くにあった。

 俺の体を枕にして眠っている静香の髪がかなり乱れている。どうやら俺が倒れたことに気がついてかなり慌てた様だ。それにしてもどれだけ頑張ったのだろうか。身長は自分よりやや高いだけとはいえ、年上の男性一人をベッドの上に寝かせることなど苦労しかないというのに。


 部屋の中は大分荒らされており、静香が部屋にあるものを使ってどうにか俺をベッドの上に寝かせようとしていたのは丸わかりだった。

 こういう場合はきっと「ありがとう」というべきなんだろう。だが俺は、今はその言葉を言わなかった。それはこいつが起きた後で存分に言えばいいと思ったからだ。そして今言わなければいけないのはこっちだと思ったから。


「心配かけて、ごめんな」


 そういえば、こうしていると少し前の事を思い出す。あの時は今の俺ほど具合は悪くなかったが静香も風邪をひいていた。そして俺の中にはその時こんな問いが浮かんでいたな。


『家族でもない異性に具合が悪い時に一緒に居て欲しいと思う時。その相手は果たして自分にとってどういう相手なのだろうか?』


 そして今ならその答えが俺にもわかる。


「多分、好きな相手ってことか」


 俺はそう呟き、俺の体を枕にして眠る静香の頭を撫でた。



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