第9話俺と後輩と寝起き(俺)
「せ・ん・ぱ・い。起きてください」
休日の朝。俺はそう声を掛けられて目を覚ました。
「帰れ」
俺はその一言だけを口にするともう一度眠りにつこうとしたが、俺を起こしたその人物は何を思ったのか、寝ている俺の布団へダイブしてきた。そしてその人物は俺の体に重なるように寝転がるともう一度寝ようとしていた俺の顔をジッーと見つめ始めた。
寝づらい。
俺は基本的に休みの日は半日程度まで寝ることにしている。その上低血圧なので今現在、いつもの様にそれほど思考も機能していない。だというのに。
「先輩、起きてください。もしも起きてくれたら、私が先輩にいいところに連れて行ってもらうので」
本当に誰が起きるものか。今月はこいつの所為でまた小遣いがピンチだと言うのに、こいつはまた俺に金を使わせるつもりか。そもそも俺は安眠を邪魔されたことを怒ってるんだぞ。
「先輩、起きてください。でないと強硬手段に出ますよ」
強硬手段?
静香はそう言うとあからさまに俺の体へ自分の胸を押し付けてきた。そして今現在のこいつのカップ数はFとか言っていなかっただろうか。
現在、俺と静香の間にあるのは春用の若干薄めの毛布だった。つまり、互いの服と毛布を取り除けば直にこいつの胸に触れているも同じだ。
「わかった‼ 起きるから。本当に起きるから退いてくれ‼」
そして当然。そんな妄想をしてしまったら、ヘタレな俺がこの状態のままでいることなど不可能だった。
俺が起きると公言したにも関わらず、静香はわざと聞こえないふりをして自分の胸を擦りつけたり、しまいには少しだけ息づかいが激しくなっていた。
「いい加減にしろ‼」
俺がそう叫び、勢いよく体を起こすと俺の体の上に乗っていた静香は、ベッドから落ち。そして顔を出した俺はなぜか軽く息を切らしていた。
「なんで。休みの日の朝からこんなに疲れないといけないんだよ」
「痛いですよ、先輩。いきなり起きるからベッドから落ちちゃったじゃないですかー」
「何が『落ちちゃったじゃないですかー』だ。休日の日課を邪魔しやがって。それで? 俺を無理矢理起こしたんだから、相当大事な用なんだろうな。もしも違った場合は――」
「私の胸を揉んでもらって構いませんよ」
俺が罰を言い切る前に静香は俺が絶対に断れない罰を提案してきた。
「お前は本当に卑怯だよな」
「先輩はやっぱり優しいじゃないですか」
ちっ。やっぱりこいつはすぐに気が付いたか。俺は睡眠を邪魔されたことにしか怒っていない。つまりこいつをどこかへ連れて行くことは、仕方がないとあきらめている。
「それで? どこに連れて行って欲しいんだ。因みに俺の財布には今、二千円札が二枚入ってるが、出来れば使いたくないんだが」
俺は個人的な理由から支払いのほとんどを断った。
「別に構いませんよ。今日は先輩にお金を使わせるつもりはありませんから」
「お前は先輩に対して、少しは金を使わせて悪いとか罪悪感を抱け」
俺はベッドから立ち上がり、クローゼットの中から適当な服を見繕うと、静香の前だと言うのに恥ずかしげもなく着替え始めた。
「それで? 俺にどこへ連れてけって言うんだ。言っておくが遠い場所にも絶対に行かないからな」
俺は先に静香の提案を殺しにかかるも空振りに終わった。
「別にそんなに遠いところに行くつもりはないですよ。そもそも私は……その……先輩と一緒なら、どこでも楽しいですし」
静香は少しだけ頬を染めて俺に伝えると。本気なのか、演技なのか。その間のバランスをうまく使い分けていた。
「お前って将来悪女とかになりそうで怖いんだが」
俺が未来の予想図として絶対にないと思うが、他人をあざ笑う少し成長した姿の静香を想像してしまった。
見た目は今と同じ長い黒髪に大きい胸。そして基本的に俺をからかう。って、今と大して変わらないだろうが‼
俺は自分の妄想に自分でツッコみを入れると長い溜息を吐いた。
「お前って本当に性格が悪いよな」
「何の話ですか?」
俺が着替えを始めても関係なく会話をしてくる辺り、一応兄役も兼ねている俺としては複雑な心境だ。普通の女の子ならここは目を隠すか、部屋から出て行くところ。それなのにこいつは現在、俺の部屋にある少年漫画に手を伸ばしていた。
「お前って少年漫画とか、読めるタイプの女子だったか? 確か、バリバリの少女漫画とかが好きだっただろ」
「ええ。こういう、男性の人が良く読むような漫画はそれほど好きではありませんね。ですが、これはただの情報収集です。将来の為の」
将来の為? こいつは朝から何を言ってるんだ。まさか少年漫画を読んだことでバイオレンスな考え方になったりしないだろうな。
「そもそも少女漫画を読んでいるのだって将来の参考です」
また出た。将来の参考って言う言葉。こいつは一体、漫画から何を得ようとしているのか。俺には全く考えが及ばなかった。
「着替え終わったけど、どこに行きたいんだ?」
雑談の合間に素早く着替えた俺はいつも通りに紺のジーパンと灰色の服だった。
「先輩。先輩だって服のセンス、ありませんよね」
「お前よりはマシだ。またわけのわからない動物の服なんか着やがって」
静香が現在着ているのは猫なのか犬なのかよくわからない四足歩行の動物が描かれた服だった。
「見てわかりませんか、これはうさぎです」
「いや、兎ではないだろ。その答えに行きついたお前の思考がわからねーよ」
こいつは服のセンス以前に。芸術的感性が少し、ずれているのかもしれない。悪かったな、静香。今度からはたまにお前を美術館とかに連れて行ってやる。
「では、先輩の準備も整ったことですし行きましょうか」
静香は俺の漫画を本棚に戻すと立ち上がり、机に置いてあった俺の財布も勝手に手に取った。
「必要になるかもしれないので、一応持って行ってください」
「必要になるって、結局どこへ行くつもりだよ」
俺が行先を一向に離さない静香に尋ねると静香はスマホを取り出してある動物園のサイトを出した。
そしてその姿を見た俺は前にも似たことがあり、また溜息を吐いてしまった。
「見てください。ここもこの前行った遊園地と一緒で、カップル割引があるんですよ。なんとカップルで行くと入場料が一人、三百円になるんです。なので、早く行きましょう」
静香はそう言うと俺の手を握って、部屋から飛び出すとウチの階段を駆け足で下り始めた。
あーあー。俺はまだ行くとも行かないとも言ってないのだが。ま、こいつが楽しそうなら別に構わないか。断ってあからさまに機嫌を悪くされても困るし。
俺はほんの少しだけ静香が握っている方の手に力を加え、握り返した。すると静香が、チラリとこちらを見たような気がした。きっとこいつなりの照れ隠しのつもりなのだろう。なぜなら俺が知っている静香なら、こういう時は必ずと言っていいほど俺のことをからかってくるのだから。
だが、そうなるとこいつも少しは俺のことを異性だと意識していると言うことなのだろうか。
その後俺はその疑問を抱いたまま動物園で会長・霧道カップルと遭遇してしまい、霧道に少しだけ冷たく当たったが、罪悪感はなかった。
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