第7話俺と後輩と早退
今日の昼飯は俺にとっては全く嬉しいものではなかった。
いつもは購買のパン二つほどで済ませているのだが、それを知った静香が何を思ったのか自分が弁当を作ってくると言って来たのだ。正直もう帰りたい。
だってあの静香の手料理が入った弁当だぞ。この前だって任せろと言うから夕飯を作ってもらったのにできたものは焦げて全身真黒となった野菜炒めだった。
本当にあれなら少々面倒でも自分で作った方がマシだったかもしれない。そもそもいつも俺があいつの為に作ることが多い料理なんだからいい加減に俺が作る様子を見て、作り方を覚えて欲しいところだ。しかも、失敗した料理に対して本人は――
『少しぐらい料理が下手なほうが、可愛くないですか?』
本当にあいつはそういう計算高いところがあるが、きっと俺に接しているときのあいつが素なのだろう。
「それにしても遅い」
昼休みが終わるまで残り十分。流石にこれ以上遅くなったら、俺としても困るところだ。
俺は悩みに悩み抜いて、スマホを使って静香に連絡を取ろうとするもラインのメッセージには既読がつかない。
もしかしてあいつ、忘れてるんじゃないのか?
そんな疑問を抱いた俺は溜息を吐きつつ立ち上がり、空腹の為かフラフラとした足取りで教室から出た。
*
「全く、あのバカは」
放課後。俺は一人、コンビニで買ったスポーツドリンクやプリンなど具合が悪くても食べられるものが入った袋を持って家路を辿っていた。
結論から言おう。あのバカ。俺の後輩、涼風静香は学校を早退していた。確かに朝会った時のあいつは少しだけ様子がおかしかった。
本当に俺は何でこういう時にそういうのに気づけないのか。自分に対して腹が立ってしまう。
「さて、どんな顔をして会ったものか?」
静香の家の前に着くと俺は数十分間迷った。そもそも俺が早い段階で気が付いていればよかったのに。だから気づけなかった俺としては――
「先輩。いつまでそこでウロウロしてるんですか?」
俺が玄関前で頭を悩ませていると少しだけ開いた玄関の扉の隙間から静香がこちらを睨んでいた。
「お前、いつから見てたんだ」
「勿論最初からです」
本当にこの後輩は良い性格をしている。
「それで? 何の用ですか?」
「ああ。ただのお見舞いだ」
俺はそう言ってコンビニで買ってきたものが入った袋を突き出した。
「それは、それは。先輩に気を遣わせてしまって申し訳ありません」
「別に気にするな。それで? 具合はどうなんだ?」
「はい。寝たらだいぶよくなりました」
「そうか。それならよかった」
俺が少しだけ頬を緩ませるとその表情を見た静香はあからさまにニヤリとした表情をした。
「もしかして先輩、心配してましたか?」
「ああ、まあな」
俺が珍しく素直な返事をすると、静香は予想外の答えだったのか。俺の言葉に対して恥ずかしそうに目を逸らした。
「それはありがとうございます」
「気にするな。それよりも俺はお前に渡して欲しいものがあってきたんだ」
「渡して欲しいものですか? まさか、先輩に色々と使わせてしまったお金を体で――」
「違う」
そういえば忘れていた。具合が悪い時のこいつは基本的にいつも以上にアホな事しか言わなくなるのだった。
仕方がない。本当はいつもの仕返しに揶揄ってやるつもりだったが、まだ具合が悪いなら今日は止めておこう。
「弁当だよ、弁当。どうせお前のことなんだから作ってはあるんだろ」
そう。俺の知っている涼風静香という人間は、自分で言ったことはちゃんとやる人間だ。だから昨日言っていた弁当も一応は作ってあるのだろう。
「確かに一応作ってはみましたけど、見た目も悪いですし食べない方が――」
「いや、無理矢理にでも食べる。そもそも今日は昼飯を抜いてるから腹ペコなんだよ」
俺はそう言うと右手を差し出した。
「そもそもお前だって元々俺に渡すつもりでいたんだろ。だから俺がお前に見舞いの品を持ってくることを見越してここで待ってた。違うか?」
もしも静香が俺の性格を理解しきっているのだとしたら、その逆もまたしかり。俺も静香の性格を理解していた。
「本当に先輩は意地悪ですね。わかりました。ですが、その代わりに私のお願いを一つだけ聞いてくれませんか?」
静香はドアの影に身を隠すとはっきりと言った。
「私が寝るまで一緒に居てくれませんか?」
正直。一瞬心臓がドキッとしてしまった。そもそも具合が悪い時のこいつは基本的にアホ発言しかしない。それはつまり、そのほとんどが本音と言うことになるのではないだろうか。
「別にそれぐらいなら構わないぞ」
俺も一応人間だ。具合が悪いときに一人だと不安で、誰かに一緒に居て欲しいと思うその心理はわかる。
では、ここで問題。『家族でもない異性に具合が悪い時に一緒に居て欲しいと思う時。その相手は果たして自分にとってどういう相手なのだろうか?』
俺はその自分の中で唐突に浮かんだ問いに対する答えとして目の前の後輩に視線を向けた。
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