第6話俺と後輩とファミレス

「それで? 何で俺は一階家に帰ったのに、わざわざファミレスに来て後輩に飯を奢ってるんだ?」


 今日は学校が半日だったため、早く家に帰ってダラダラと過ごそうと思っていた俺だったが、いつもの様に静香がそれを阻んだ。


「聞いてくださいよ、先輩。本当にムカつくんですよ」

「俺としてはドリンクバーのミックスジュースを飲み続ける先輩の前で普通にハンバーグを食べているお前にムカつくところなんだが」 


 心なしか、先ほどからドリンクのおかわりに行くたびに店員さんの視線が冷たいし。


「それは仕方ありませんよ。そもそも私にお昼ご飯をおごってくれるって言ったのは先輩じゃないですか」


 本当になんで俺はこんな奴に対して、少なからず好意を抱いてしまっているのか。偶にわからなくなる時がある。


「そもそもお前、今日は用事があるから俺に先に帰ってもいいって言ってなかったか?」

「ええ、言いましたよ。ですが、怒って帰ってきちゃいました」


 そう言う静香の手の中では少しだけフォークの持つ部分が曲がっていた。


「それで? 用事って何だったんだ?」


 俺は心底興味がなさそうに尋ねると適当にミックスしたジュースを喉に――


「はい。付き合いで合コンへ」


 流し込むことはせず、噴き出した。


「ゴッホ、ゴッホ‼ お前今、何て言った?」


 俺は吹き出してしまったミックスジュースを持っていたティッシュで拭き取りながら、若干俺に対してひいたような顔をしている静香に先ほどの言葉の真意を求めた。


「ですから、合コンですよ。合コン。とは言っても私たちがよく行くカラオケでしたが」

「言っておくが、俺は好きで行ってないからな。いつもお前が無理矢理――」

「あー。今は先輩の話は良いので少し黙っててくれませんか?」


 本当に俺、なんでこんな奴のことが好きなんだよ。


「それで私はクラスメイトの女の子二人と一緒に二年生の先輩方三人とカラオケに行ったんですが、本当に最悪でした」


 今、明らかに最低と言う言葉のトーンが低くなった。つまりこいつはそれほど怒っていると言うことだ。


「あの人達。こともあろうに私の前で先輩のことをバカにするんですよ。信じられますか? その所為で私怒っちゃいまして。最後にその御三方に文句を言って帰ってきちゃいました」

「お前な。それって女子として明らかにダメだろ。そもそも俺のことで怒るなんて何考えてるんだ」


 俺が本物のバカを見るような視線を向け、溜息を吐くと静香はその俺の反応が気に入らなかったのかフォークを置き、俺の顔をマジマジと見つめてきた。


「先輩の所為ですよ。先輩が誤解をされてもその誤解を解かないから。だから周りの人が先輩の悪口を言うんです」


 確かに俺は昔から知らず知らずのうちに敵を作ってしまう人間だとよく言われる。だが実際は、あまりにも人とのコミュニュケーションが苦手でうまく相手と会話が出来ないだけだ。

 俺が現在、静香以外の人間で学校の中でしゃべれるのは、俺の友達の霧道とその彼女である生徒会長ぐらいだろう。だからこそ、あの二人は俺の考えをくみ取って動くときがある。それはきっと俺が本当は解りやすい人間だと理解しているからに他ならない。

 人は基本的に何かを否定する時はそれが自分よりも優れたものだと無意識に意識してしまう。だから他の奴らは俺の欠点を見抜けないのかもしれない。

 誰よりも思っていることや考えていることがわかりやすいと言う俺の弱点を。


「先輩はきっと、自分が他人にどう思われようと気にしない人間だと思いますけど、少しは気にしてください。でないと私が先輩のことを誤解している人達一人一人の家に行って先輩が本当は人づきあいが苦手なだけだって言うことをわかってもらえるまで話します」


 そう言い切った静香の目はきっとあまりにも真直ぐ過ぎたのだろう。俺はその目から自分の目を逸らさずにはいられなかった。誤解をそのままにし、そしてそのことで自分が一番大切に思っている人間を泣かせてしまう。

 月神忍は確かに人間として最悪な面も持ち合わせているかもしれないが、それでも決して破ってはいけないことを決めていたはずだ。

それは目の前にいるこの後輩。涼風静香を絶対泣かせない。もしも泣かせたやつがいたとしたら、絶対に許さないと。

 なら、今俺がやらなければいけないことはこれしかなかった。


 俺は目を瞑り、右手の拳を強く握るとそれを思いっきり、自分の右頬に振り下した。きっと店内にいたお客さんもそして店のスッタフの人達も驚きだっただろう。そして誰よりも驚いたのは俺だった。

 きっと静香が俺の家の前に引っ越してくる前なら、俺は絶対に誰かの為に怒ることなどしなかっただろう。それ以上に自分自身に怒りを覚えるなんてこともなかった。

 だからこそ、こいつには感謝している。

 歪んでしまって元に戻りそうにもなかった俺を。月神忍という人間を元に戻してくれたのだから。


「ありがとう、静香。きっとお前がいつも近くに居てくれるから俺はまだ、壊れずにいられるんだろうな」


 きっと一人だけだったら俺は、歪み切っていただろう。歪み切って誰かに対して恋愛などもしなかった。そもそも誰かの好きという言葉さえ疑ったかもしれない。

 だからこそ、こいつが自分の傍にいてくれて本当によかったと思う。


「何ですか、先輩。いきなりニヤニヤして。少しだけ怖いですよ」


 そこには先ほどまで俺の為に泣いてくれていた後輩は居なく、いつもと同じような態度の後輩しかいなかった。きっと静香もわかっているんだろう。俺達の関係はこんな感じの方が楽なのだと。

 きっと俺達の関係は先輩後輩関係以上恋人未満なのだと俺はその時、理解した。

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