第5話俺と後輩と俺の部屋
「せ・ん・ぱ・い、退屈です」
俺が机に向かって、今日出された数学の宿題を片づけていると俺の部屋のベッドに寝転がる私服の静香がいつもの如く、騒ぎ出した。
「遊びましょうよ、先輩。何なら今日限定で、先輩の言うことを何でも聞いてあげてもいいですよ」
「なら、今すぐ自分の家に帰れ」
冷たくあしらった俺は宿題を続けた。
「わかりました」
静香はそう言うとベッドから起き上がり、静かに俺の部屋から出て行った。もしかしたら、いつまで経っても俺が相手をしてくれないから怒って帰ってしまったのかもしれない。
それならそれで別に構わないのだが、それならなんでこんなにも心の中がモヤモヤしてしまうのだろうか。
「あー、一旦止めだ。こんなモヤモヤしたまま、解けるかよ」
俺は持っていたシャーペンを机の上に置き、立ち上がると部屋の外に出て階段を降りようとしていた静香にこう言った。
「三十分ぐらいなら、遊んでやるぞ」
本当に俺は静香に甘すぎる。きっと子供などができたら俺は厳しくできないタイプの父親になってしまうだろう。それを考えると両親揃って甘々になってしまいそうで子供の将来が恐ろしい。
*
「それで? 何して遊びたいんだよ」
俺はわざわざ一階に下りるのも面倒なので、呼び止めた静香と一緒に部屋の中でできることを考えていた。
「そうですね。なら、王様ゲ―ムなんてどうですか? 最近、クラスの友達とハマっているんですけど」
「それって二人でやるゲームじゃないだろう。そもそも学校で王様ゲームって。本当に今時の若者は」
「先輩だって今時の若者じゃないですか。それにあくまでゲームです。先輩が考えるような邪まな命令をする人は一人もいません」
「俺がいつ、お前に邪まな感情を向けた?」
「さあ、いつでしょうね?」
この後輩。やはり年下のくせに生意気だ。そもそも俺がこいつに邪まな感情を抱いたことなど――
「それにしても先輩。この部屋、少しだけ熱くありませんか?」
「そんなことないだろ。そもそもどこでも快適な温度で過ごせると思うな。それが嫌なら、大人しく帰れ」
「仕方ありませんね」
静香はそう言うと上に着ていたパーカーを脱いだ。そしてその下に来ていたのは何ともセンスがなさそうな黄色い布地に英語が書かれたTシャツだった。
「お前は相変わらず服のセンスが壊滅的にないな」
「それどういう意味ですか? 先輩。そもそも私の胸のサイズだと可愛い服がないんですよ」
静香の視線が自分の胸へと向けられると俺もそれにつられるように。つい、そちらへ視線を向けてしまった。
確かに少し暑かったのか。汗でシャツが体に張り付いている。その所為か体のラインがはっきりとわかり、いつも以上に静香の大きな胸が強調されていた。
「言っておきますけど、先輩。エッチな命令はダメですからね」
「だ、誰がお前にそんな命令をするかよ‼」
慌てて俺が否定すると静香はどこか勝ち誇ったような表情をした。
「そうですか、先輩は私の胸に興味がないんですか? でも私は先輩になら、揉まれても構わないんですけどね」
静香はそう言うと目元をうっとりとさせて、俺の顔を潤んだ瞳で。しかも上目図解で見つめてきた。
「先輩は興味ないんですか?」
その発言を聞いた後。俺の鼓動が加速した。
いや、そんなはずはない。そもそも相手はあの静香だ。見た目こそ男なら誰もが憧れるようなプロポーションだが、実際は俺をからかうことを楽しみにしているような奴だぞ。例えあいつから迫られたとしても俺はそれを受け入れるつもりはない。
「冗談は寝てから言え」
俺は何とか理性を保ち、俺を誘惑していた静香の頭をチョップした。
「痛いですよ、先輩」
「そんなに強くやってない」
俺が指摘するとウソ泣きをしていた静香が溜息を吐いた。
「全く、先輩は本当にヘタレですね。他の人なら迷わず私のことを押し倒してるところですよ」
「本人の許可にそんなことを出来るか。そもそもお前が俺以外の奴に変なことをされたら、俺はそいつを絶対に許さないからな」
俺がそう言い切ると静香は顔を赤くして俯いてしまった。そして最初は静香が何でそんな態度を取ったのかわからなかった俺だが、遅れて気が付いた。
今のって完璧に告白じゃねーか‼ 俺の馬鹿野郎‼
しばらくの間、部屋の中に気まずい空気が流れた。そしてそれは静香から切り出された。
「何なら先輩。私のこと押し倒してみますか?」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。だが静香は立ち上がり、俺のベッドの上に横になると誰かを待っている。そんな様子で目を瞑った。
俺の鼓動は跳ね上がり、そして静香の鼓動も俺の鼓動と同じように早くなっているのが音でわかった。互いに緊張し、期待している。
そして俺はこの空気に耐えきれずに座っていた椅子から立ち上がり、静香が横になるベッドに近づいた。
きっとここで静香の言う通り、恋人たちがやるようなことをすれば楽になれる。長年のモヤモヤとした気持からも解放される。だが、俺は本当にこんなところでこいつとそういう関係になってもいいのか。
その考えが浮かんだ時俺の足は止まった。
「悪い、静香。やっぱり俺はヘタレだから、今はこれで許してくれ」
俺はベッドに横たわって自分に期待している後輩に対して謝ると、顔を彼女の顔に近づけ、そして短い口づけを――
『ただいま‼』
一階から仕事から帰ってきた母親の声が聞こえた。そしてその声を聞いた俺は当然、慌てて静香から顔を離し、静香もまた慌てて体を起こし、ベッドに座った。
そして俺達は互いに視線を合わせられず、いつもなら平気な顔をしている静香ですら、慌てて俺の部屋から飛び出して行った。
*
翌日。俺と静香はいつもの様に一緒に学校へ行ったが、昨日のことにはどちらも触れなかった。きっとその事に触れてしまえば、今の関係が壊れてしまうことを俺も静香も理解しているからだろう。
だから俺は自分の静香に対する気持ちを少なからず理解した今も。当分はこのままの関係がいいと思った。
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