第4話俺と後輩と競争

「先輩、ここから家まで競争しませんか?」


 放課後。高校一年生にしては色々とデカすぎる俺の後輩・涼風静香が何の前触れもなく、俺にそう言った。


「しない。そもそもなんで、体育の授業以外で走らなきゃいけないんだよ。俺は運動とか大嫌いなんだよ」

「またまた。先輩、嘘はいけませんよ。私、知ってるんですからね。先輩が中学生の時にただモテたいがためだけに体を鍛えていたこと」

「お前、なんでそのことを⁈」

「先輩のお母さんから聞きました」


 ウチの母ちゃん本当に口が軽すぎだろ。ていうか、あれは違うんですよ。学校で運動神経が良い奴がモテてたから自分もモテようと思ってやってたわけじゃないんです。あれはただ、たまには体を鍛えたくなっただけで。

 俺がつまらない言い訳を心の中で繰り返していると静香が軽いストレッチを始めていた。


「それでどうしますか? 私と競争します?」

「もしお前に勝ったとして、俺にはどういういいことがあるんだ。言っておくが俺は、自分に利益がなければ行動しないからな」

「先輩の性格は誰よりもわかっています。そうですね」


 静香はしばらく立ち止まり考え込むと悩んだ末にこう告げた。


「では、勝った方が負けた方を三日間自由にできると言うのはどうですか? 丁度明日から三連休ですし」


 三日間自由だと? 

 一瞬、俺の中で何か理性の様なものが崩れそうになったが、俺はそれらを何とか木工用ボンドでくっつけ、静香の提案に反論を入れた。


「お前な。それだと俺が負けた場合のリスクが高いだろうが。俺は出来れば、ローリスクローリターンの人生を送りたいんだよ」

「先輩、そんな考えだと一生利益なんて生まれませんよ」


 た……確かに。だけど俺は、危険な道を自ら歩みたいなんて微塵も思わない。どちらかと言うと遠回りでも安全な道を進みたい。


「なら、追加してこういうのはどうですか? もしも先輩が私に勝てたら少しぐらいなら、エッチなお願いも聞いてあげますよ」


 そうだよな。男ならやっぱり、人生危険な道も選ばないといけないときがあるよな。それになんだかんだ言って最後には静香に無理矢理やらされることになりそうだし。


「仕方がない。やってやるか」


 今世紀最大。月神忍の負けられないかけっこが始まる。



                  *



 数分後。軽いストレッチを終え、俺と静香は並んでいた。


「良いですか、家に先に着いた方が勝ちですからね」

「わかってる」


 静香は長い自分の髪をカバンから取り出したヘアゴムを使い、ポニーテールにしていた。


「行っておきますが、先輩。負けた場合は明日から三日間。私に色々と奢ってもらいます」

「色々ってなんだよ」

「そうですね。映画や遊園地。他にも買い物に付き合ってもらいます」

「お前な。俺の小遣いをなんだと思ってるんだ」

「そうですね。銀行に預けたお金だと考えています」


 よし。俺が勝ったらまずは、今迄こいつに奢らされた金を全部返してもらう。


「準備はいいですか、先輩」

「ああ。いいぞ」

「それではヨーイ、ドン‼」


 静香のその言葉と共に俺と静香は走り出した。正直俺は運動がそれほど苦手なわけではない。ただ疲れるからやりたくないだけだ。あと運動が得意なところでモテないし。

それにしても。俺はそう思うと視線を隣へ向けた。俺の隣では今、必死になって静香が走っている。だがしかし。

 相変わらず、遅い。中学の頃にこいつが引っ越してきたころから運動神経がダメダメなことは知っていたけど、ここまでなんて。俺は呆れるように溜息を吐くと隣を走る静香に声を掛けた。


「苦しいなら、休んだらどうだ?」

「だ、大丈夫、です」


 全然大丈夫に聞こえないぞ。仕方がない。

 俺は足を止め、靴紐が解けていることを装いその場にしゃがみ込んだ。そして当然、その間にあっさりと静香に抜かれてしまった。


「全く、お兄ちゃん役も楽じゃないな」


 静香が通り過ぎた後。俺のそんな言葉が風の中に消えて行った。



               *



「遅いですよ、先輩」


 あの後俺は、あそこで十分程度休憩してから走ってきた。正直相手が静香じゃなかったら、容赦なく勝ちに言っていたところだ。


「本当に静香には甘すぎだよな、俺」


 以前、親友の霧道にも言われたが、俺は静香にだけ妙に甘すぎるらしい。確かに静香に対しては兄妹意識の様なものが働いて妙に厳しく

できなかったりする。


「それでは先輩。明日、一日よろしくお願いします」


 明日、一日? 約束だと明日から三日間じゃなかったか。


「因みに今回は優しい先輩に免じて、一日だけで許してあげることにしました」


 こいつ、俺がわざと負けたことを見抜いてやがる。


「それでは先輩。明日は楽しみにしていてください。手作りのお弁当を持っていきますので」


 静香はそんな恐ろしい言葉を言い残し、自分の家の中へと入って行った。そして俺はというと――

 静香の絶望的な味の料理に耐えうる胃薬を集めるため、近所にあるドラッグストアへ向け、走り出していた。

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