俺とあざとい後輩の恋愛は上手くいかない

第3話俺と後輩と日曜日

　目を覚ますとすぐにわかった。

「これは夢だな」

　今、俺の目の前に広がっている光景はどこかのＲＰＧに出てくるような草原だった。

「よし。もう一回、寝るか」

　ゲームなどだとこの後、色々なクエストが発生したりと面倒なことになることが多い。

　だが、それがもしもモンスター討伐型のクエストだったら俺は、スライムにすら勝てない自信がある。

　俺が危険を避けるために二度寝をしようと瞼を閉じると声が聞こえた。

『忍よ、目を覚ますのじゃ』

　そしてその声には聞き覚えがあった。俺は瞼を開くと最初に視界に入ったその相手の頬を思いっきり、グーで殴った。

　俺に殴られたその人物は数メートル程後方へと吹っ飛ぶと腫れた頬をさすりながらゆっくりと立ち上がり、こっちに歩いてきた。

「いきなり、親友になんてことするんだよ‼」

「誰が親友だ‼　夢にまで出やがって。その眼鏡カチ割ってやろうか‼」

　こっちへ歩いてきた人物は自称・俺の親友を宣う眼鏡副会長の霧道司だった。

「それで？　お前は何の役だよ」

　俺がそう尋ねると霧道はどこからともなく仙人が使うようなあの先端が渦巻き状の杖を取り出し、答えた。

「今回の俺はお前を宝物の元へと導く案内人役だ」

「宝？」

「そう、宝。ただしこれは、お前にとっての宝っていう意味だ」

「俺にとっての宝？」

　俺がそう呟いた瞬間、空間が歪んだ。

　　　　　　　　　　　　　　　＊

「ようこそ。何でも揃っている闇市へ」

　俺の自称親友は偉そうにそう言うと手短に説明をした。

「ここは何でもそろってる闇市だ。ここならお前の宝もあるはずだ」

　霧道はそう言って杖を振り、煙となって消えた。

「なんだったんだよ、今のは」

　霧道が消えた後、俺は一度だけぐるりと周囲を見回した。

そして俺の周囲には路上に座り、品を並べている人やナイフをチラつかせている人。他にもどこか危ない匂いを漂わせている人たちが数多くいた。だけど俺が一番注目したのはそんな奴らじゃなかった。

「……なんだよ、この矢印は？」

　俺は視界の端々に現れている黄色い矢印に注目した。

「もしかして、この矢印が指す方向に行けって言うことか？」

　あのバカ野郎。本当に説明足らずだろ。

　俺は目が覚めたら霧道の眼鏡を割ることを誓うとその矢印の指示通りに歩き始めた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＊

「まず、何であの矢印のゴールがお前らなんだよ、バカップル」

　あの矢印の指し示す方向へ歩き、細い道やくねくねと曲がった道をたどり着いた先は一軒の店だった。

「よっ、忍。また会ったな」

「そもそもお前は、なんで一人二役やってんだよ」

　俺はまたも登場している眼鏡副会長に声を掛けた。

「大人の事情だ、気にするな」

「それと生徒会長。あなたが参加していることに関してはあえてもうツッコミませんけど、その格好は何ですか？」

　俺は霧道の隣に立つメイド服姿のどこかキリッとしているショットカットの女性に声を掛けた。

「うむ。これは司に言われて着てみたのだが、案外よいものだな」

「……そうですか」

　俺は心の中で現実の生徒会長・綾辻華凛さんに謝り、話題を変えた。

「それで？　ここに俺にとっての宝があるって言うことだったけど？」

「ああ、それな。ちょっと待ってろ」

　霧道がそういうと二人は店の奥へと続くのだろうカーテンを開け、店の奥へと入って行った。そしてその数分後、人、一人ぐらいのガラスケースを抱えた霧道が店の中から出てきた。

「持ってきたぞ、お前の宝物」

　霧道がそう言ってガラスケースを地面へ置くと俺はその中身をじっくりと眺めた。

「これが俺の宝物？」

　そのガラスケースに入っていたのは発育がある程度進んでいる長い黒髪の少女だった。

「まさか、ここで出てくるかよ、静香」

「それじゃあ、忍。お前が目を覚ますための最後の試練だ」

　最後も何も試練を受けた覚えなんてないぞ。

「この少女の唇にブチュッと熱いキスをお願いします」

「は？」

「だからキスだよ、キス」

　俺は霧道にそう言われ、慌てて答えた。

「そ、そんなもん出来るわけが無いだろ‼」

　流石に夢の中と言われてもそれは出来ない。俺が迷い続けていると霧道が両手を合わせながらこうはやし立てた。

「キス。キス。キス。キス」

　この野郎。眼鏡を割るだけじゃ足りないな。次に会ったら即、ドロップキックだ。

　俺が霧道に対する怒りを抱きつつ迷っているといつの間にか周囲に集まっていたごろつき共までもが。

『キス。キス。キス。キス』

　などと言い始めていた。この状態、どうするのが正解なんだよ。

「男なら迷うな、忍」

　霧道はそう言って未だに迷い続ける俺の顔をガラスケースの中で眠る静香の顔を近づけた。

　　　　　　　　　　　　　　　　＊

「や、やめろ、バカ。夢なんかでそんなことできるか‼」

　俺はそう叫んで目を覚ました。

　手にはゲームのコントローラー。そして隣には俺によりかかって眠る、俺の向かいの家に住む後輩の少女、静香がいた。

　ああ。休みの日だからってこいつとゲームしてたんだっけ。それでその最中に寝たのか。それにしても我ながらなんて夢を見てるんだ。

「こいつは俺にとって、ただの後輩……だよな」

　俺はそう呟くと思わず、未だに眠り続ける静香の口元に視線を向けた。もしもここでこいつに――

　俺がある想像をした時だった。

「先輩。さっきからうるさいですよ」

　眠りから目を覚ました静香は少しだけ不満気な顔をすると目を擦り、軽く欠伸をした。

「わ、悪かったな……その、色々と」

「何ですか、先輩。もしかして私が寝てる間に何かしたんですか？」

「い、いや、何もしてない。本当に何もしてないからな」

　そう言って、弁明をする俺の頭の片隅には先ほど想像してしまったものの所為でかなりの罪悪感が残っていた。