攻撃は最大の弱点

 城跡に向かって車を走らせていく内に、近道としてとある一方通行の道を走行する機会があった。そこでの制限速度は三十キロだったので、近藤は不本意ながらも徐行しながら車を走らせる。するとその間、前から全速力で走ってくる一人の女の姿が見えた。

 近づくにつれて車のライトは、女の顔を照らし始めた。そしてとうとうライトが彼女の顔全てを照らした途端、見覚えのある顔がそこに浮かび上がる。前髪は切り揃えているにも関わらず、だらしのない寝癖。そう彼女は、あの船越光莉だった。


 服装は薄緑のパーカーに半パン、全身にはインナーと冬の装いとは言い難い。加えて彼女は、小さなリュックサックのようなものを背負っていた。その口からは、なぜかネギのようなものが顔を覗かせている。買い物帰りか何かだろうか。


 だが彼女の表情は妙に強張っていた。もしかすると、彼女も初田を探しているのかもしれない。とは言え彼女の向かっているのは城跡と真反対の方向だ。となると彼女は、初田の居場所自体をわかっていない可能性も出てきた。

 彼女を横切った辺りで居ても立っても居られなくなった近藤は、急ブレーキをしてクラクションを鳴らした。それでも彼女の足が止まらないので、ギアをパーキングに入れてシートベルトを外し、近藤は車から降りた。

 そして何事かと振り向いた彼女に伝えるべく、手を振る。


「光莉ちゃーん! もしかして君も初田先生をー!?」


 向こうもそのことを疑問に思ったのか、光莉は首を傾げながら近づいてきた。そして女子小学生にしては高めの身長が、目の前で止まる。口から出る白い息の回数で、先程まで彼女が走っていたことがうかがえた。


「確か近藤さん……やんな?」

「そ、そうだよ」


 なんだ、この子に名乗った覚えはないんやけどな。そんなことより今は、初田を助けに行く方が重要か。


「それより光莉ちゃん。君って今もしかして、初田先生からの連絡が来たからここにいるん?」

「うん。でも電話が途中で切れてもたから、先生がどこにおるんかわからんくて」


 やはりそう言うことか。どうりで彼女が反対方向へ走っていこうとしたわけである。ならここは一つ、初田を助ける戦力として連れて行ってやろうではないか。


「俺も初田先生から連絡があって来たんよ。多分場所は城跡やと思うんやけど、よかったら一緒に行くかい?」

「え……。でも先生からのよく、知らない人の車には乗ったらあかんって言われとるし」


 なんでこんな緊急事態にその話をするんだ。拍子抜けな返答に思わずずっこけてしまう。


「仮にも俺……警察やでぇ? 誘拐なんかするわけないやん」

「でも……」

「今は初田先生を助けるためにも、君の力が必要なんよ。頼む、車に乗ってくれ」


 流れでつい頭を下げてしまった。よくよく考えると寧ろ頭を下げるのは光莉の方だと思うのだが、今はなりふり構っていられなかった。

 何が何でも彼女を連れていかなければ、どうしようもない気がした。カレントよりも奇怪で、謎の多い神を呼び出す力。それを有する彼女にしか、初田は助けられないと思った。


「わかった。じゃあ初田先生のところまでお願い」


 ようやく光莉も承諾してくれたので、早速彼女を後部座席に乗せるや車を出した。しかし運悪く次の信号に引っかかってしまう。信号無視ぐらいしてやろうとも思ったが、子供を乗せている以上下手なことをしては、示しもつかないのでやめた。


 車を停止させる時、ふとあることを思い出したので光莉に伝えた。それは前々から、彼女と会った時にしようと思っていた謝罪だった。


「ごめん光莉ちゃん。俺、君のこと智也くんを殺した犯人だと思ってた」

「どうせそうやろうと思っとったわ」


 生意気な返しは無視して、話を続ける。


「でも君はその逆、彼を殺した久瑠ちゃんの暴走を止めようとしてた。違うかい?」

「うん。でもアタシの場合は、降りかかってきた火の粉を振り払っとるだけやけどな。成り行きでこうなったって感じやし」


 成り行きでも悪の組織と個人で対峙するなど、普通の者ではできることではない。それも神の共存体であるが故の自信なのか、はたまた単に彼女が何も考えていないだけなのかはわからなかった。だが彼女のミラー越しに映る表情から推測するに、もしかすると本当に後者なのかもしれない。


「やっぱりすごいよ、君は」


 そうこうしている内に信号が青になったので、再び近藤は車を発進させた。


 城跡の駐車場に着くと、光莉は途端に城跡へと走り出した。それはもう、遊園地の入り口へと向かう子供のようにまっすぐと。


「ちょっと……」


 待って、とは言わなかった。あの走り出し、どうやら彼女には久瑠の居場所に心当たりがあるようだ。ここで無闇に口に出さないでいた方がよいだろう。そう考えた近藤は、同じように車の鍵を閉めて後を追った。


 だが急に彼女は、城跡に入った場所で立ち止まった。何事かとその隣へ並んでみると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 城内の蛍光灯近くのベンチに座らされた初田。だがその全身は光に照らされてわかる通り、赤い血で塗れており、同時にそれが座らされたものだと理解する。

 遅かった……。すでに彼女は殺されていた。


「先……生……」


 声を震わせ、光莉はよろよろと初田の亡骸へと歩き出す。その姿は、見ていて胸が締め付けられた。

 しかし嫌な予感がする。犯人であろう久瑠の姿は、辺りを見回しても見当たらない。初田を殺して逃げたにしては、あまりにもあっさりとしている気がした。

 もしかするとまだどこかで隠れているのでは、そんな考えまで過ぎる。久瑠は光莉に不意打ちを決めるため、身を隠しているのではと。


「光莉ちゃん、気をつけろ! これは罠かもしれない!」


 考えるよりも先に口が動いた。

 びくっ、体を一瞬伸び上がらせる光莉。すると次の瞬間、草陰から飛び出してきた久瑠が彼女へと襲いかかった。その手には刀身が真っ黒な、日本刀のようなものが握られている。まさに奇襲、不意打ちだった。


「光莉ちゃん!」


 城内に近藤の大声がこだました。


 21


「スメシン」

〈あいよ〉


 近藤の一声がなければ、スメシンを出す余裕もなく殺されていただろう。今日いっぱいは彼に感謝しなければならない。


 体の周りに舞い出す黒い粒子。それと同時に同居人である神が、宿主を守るために降臨した。今回は久瑠の身長に合わせた、しゃがみ姿での降臨だ。しかしその右手に握られている白ネギのせいで、せっかくの格好良い登場演出は台無しだった。

 白ネギの品質状態は良好。さらには明日の鍋に使う予定で祖母が購入したものなので、鮮度も硬化させるには申し分なかった。


「「白葱の剣ホワイトソード……ッ!」」


 ガチッーー。久瑠の持っていた黒い刀と、スメシンの持つ白ネギのぶつかる音が辺りに響き渡る。硬化させた新鮮白ネギと同等の強度とは、やはり彼女の刀も相当な硬さらしい。

 前に自分を襲ってきた田中と言う男も、同じような恐ろしく硬い肥後の守を使っていたのを思い出す。おそらくはこの刀も、材質がそれと同質のものなのだろう。となると強化した光莉の体の強度ともほぼ同等、あんなものの一撃を食らえば、こちらとて多少なりダメージは受ける。


「光莉ちゃーん。あんたの神様もとんでもない武器を持っちゃっとるなぁー」

「どっちもどっちやろ。全く、あんたら組織はどんだけアタシに付きまといたいねん」


 心の底からの本音が漏れる。火花こそ散らずともスメシンと久瑠、互いの武器の硬さから圧力のようなものはヒシヒシと伝わってきた。それに心なしか、久瑠の腕力も上がっているようにも感じられる。さすがにリベンジマッチをしてくるだけあって、備えは十分にしてきたか。


「大丈夫か、光莉ちゃん!」


 蚊帳の外の近藤が口に手を添えて叫ぶ。ここに彼がいても戦闘に支障が出るだけなので、すかさず彼の方を向いてこう言い放った。


「何ぼうっと見とんねん! 危ないからとっとと隠れぇな!」


 彼もまさか子供に説教されるとは、思ってもみなかっただろう。気迫に押されるような形で彼は、元来た駐車場の方へと走って行った。


「それよりも久瑠ちゃん。先生を殺したん、やっぱりあんたなん?」


 怒りを含めた眼光を、薄ら笑いを浮かべた久瑠の顔に向ける。するとその表情のまま、彼女は気色悪く口角を上げた。


「あはははは。そうよぉ、私が初田先生を殺したんや。いやぁ、あの人が苦しむ姿は見てて最高やったわ。右手を切り落とした時とかもう、面白過ぎて笑い転げたわ!」

「屑が……」


 抑えられぬ怒りに任せて、光莉は左手に握り拳を作った。

 もう我慢などしない。この間は見逃してやったが、今回ばかりは許す気など毛頭湧かなかった。ーー今度こそ、手加減などするものか。


 初田は自分に親身になって接してくれた、まさに初めての親友とも呼べる人物だった。自分の名前に自信が持てるようになったのも彼女のおかげであり、それが心の支えになってくれていたのもまた事実だ。彼女がいたからこそ、今も光莉はこうして、生きることを苦に思わないでいるのだから。


 だが彼女はもういない。それをすんなりと受け入れられることなど、とてもじゃないができなかった。


「あんたなんかの命一つじゃ……先生の命に釣り合わへんわ! スメシン、のいて!」


 そう叫んだ途端、スメシンは光莉に軽く触れて、黒い粒子を撒き散らしながら消えた。その反動でよろける久瑠へ、光莉の渾身の一発を食らわせるために。

 落ちる寸前の白ネギを右手でキャッチした光莉は、腹の底から怒りに燃える罵声を飛ばした。そして油断した様子の彼女に、全力を込めた左拳を叩き込む。


「百万回死ね!」


 我ながら重く、強烈な一撃が久瑠の頬に入った。

 無論、まだ終わらせない。衝撃で宙を舞う彼女へ、怒涛の二撃目を叩き込もうとする。だが彼女もベテランのカレント、その程度の攻撃で弱るような女ではなかった。


 右手を地面についた彼女は、その飛ばされた勢いを殺さず、足へと集中させた。そしてふわりと時計回りで一回転したかと思うと、光莉の左頭部に右足の蹴りを食らわせる。

 おかげで次にぶっ飛ばされたのは、殴りかかろうとした光莉の方だった。起き上がり小法師が倒れるような勢いで、光莉は右頭部を地面に叩きつけられた。


 幸い、先程スメシンが触れてくれていたおかげで、大した怪我までは至らなかった。それでも横目で見えた、してやったりと見下してくる彼女の表情は、さらに光莉の心を苛立たせた。この借りは是非とも返さねばなるまい。


「甘いわ、コメットちゃん」

「その名前で……呼ぶなッ!」


 だがすぐに立ち上がろうとする光莉を、久瑠は阻んだ。土のついた自分の靴裏を、光莉の頬へと強く押し付けて押さえたのだ。そのせいで頬には靴裏の固い感触と共に、妙に柔らかく冷たい土の感触が感じられた。全く、彼女は本当に人間としての道徳が欠如している。


「どけ!」

「あらあらぁ。コメットちゃん、立ち上がれへんの? あんだけ強いパンチを打てるコメットちゃんがぁ? 私の足一つどけられへんのぉ? 可哀想にぃ」


 いちいち彼女の言葉は気に障る。だが彼女の言っていることも、強ち間違いではなかった。


「やっぱりコメットちゃん、カレントじゃないんやなぁ。あんだけ強い拳が打てるのも、どうせしもべの神様のおかげなんやろ? やから私の進素エネルギーを込めた足を、退けることができへんねんやろぉ?」


 どうやら彼女はすでに、光莉がカレントではないことに気づいていたらしい。加えてスメシンの能力までも理解してきているあたり、さすがの観察力と言ったところか。


 彼女の言う通り、光莉はカレントではない。強みとも言える体の丈夫さも、実際のところスメシンの触れた有機物を硬化させる能力の恩恵に過ぎなかった。彼の力がなければ、今頃どうなっていたことか考えたくもない。

 なので筋力的な面で言うと、実際光莉は久瑠に劣っていた。それも天と地の差、故にこうして彼女に上に乗られてしまうと、立ち上がることすら困難だった。


「スメシン!」

「おうよ!」


 流れに任せた、本日二度目となるスメシンの実体化。しかし今の彼の手には白ネギはなく、何も持たない状態での実体化だった。

 当然向こうはかなりの強度を持つ刀を持っている。それに今回は比較的動きが予測しやすい位置での実体化だったことから、完全に彼の行動は読まれた。


「残念。ほら、これでも食らっとけ」


 光莉から足を離した久瑠は、そのまま向き直ってスメシンへと斬りかかる。彼女はスメシンが実体化を完了する直前、すなわち着地の瞬間を狙っていたのだ。こんなことをされては神であるスメシンと言えども、まともに攻撃を食らう他ない。


「くっ」「うああああああッ!」


 かろうじてスメシンが防御体勢をとれていたこともあり、刃が全身を斬りつけることはなかった。だが守りに徹していた彼の右腕は、無残にも切り落とされた。それと同時にやって来る激痛、まさに子供の光莉にとっては、想像も絶する痛みであった。


「あ……あああああ……」


 自身の右腕の有無を確認する光莉。勿論切り落とされたのはスメシンの方の右腕なので、自分の腕は切り落とされていない。だが痛みを同期させている以上、彼の受けた痛みはそのまま受けた。

 涙が出るのはもちろんのこと、呼吸もそれに合わせて過呼吸気味になってしまう。


「あはは、思った通り。やっぱりあんたらって痛覚を共有してるんやね」


 とうとう見破られてしまったか、光莉は何とか息を整えながらも、思わず眉間にしわを寄せる。そう、光莉の弱点とは他でもない、攻撃を担当しているスメシンであった。


 仮にも言っておくが一応スメシンも、カレントとほぼ同等の筋力を持っている。加えて触れた有機物を硬化させる能力で、自身の丈夫さもそれなりに併せ持っていた。

 だがスメシンの能力にはもう一つの性質があった。それは対象が生命力に満ちていればいる程、その強度も増す。つまりは強化対象が生きていればそれだけ、その力の働きもアップすると言うことだった。


「これであんた達天生体の対処法もわかったわ」

「くっ……」


 とは言え神眼の力で具現化したスメシンの体は、単にその構成物質を複写したものにすぎない。そのため生きているかと問われると答えは否、故に硬化できる強度にも、限度と言うものがあった。

 逆に言えば光莉は生きているため、その体の丈夫さも強化した白ネギをも上回る。ならば痛みを共有した光莉とスメシン、久瑠はどちらを攻撃した方がダメージが入るのか。当然答えは後者である。そして彼女は今、その答えに辿り着いた。


「んじゃあ、パパッと仕事終わらせちゃおっか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る