冥宮にて最後の戦い

 コンビニ「セーブポイント」を後にした私たちは順調に先に進んでいた。コンビニを出てすぐにまたゾンビドッグの群れに出くわしたけどあっさり撃退できたし、その後に出てきた骸骨の群れも返す刀でやっつけてやった。

 しかし、今目の前にいる怪物はけっこう手ごわそうだった。全長五メートルほどの巨大な芋虫の頭部にイソギンチャクをくっつけたようなグロテスクなバケモノが私たちの行く手を阻んでいる。

「どうやらこいつは『腐肉食らい』っていう怪物みたい。こいつの口から生えてる触手を喰らうと麻痺するから気をつけて」

 後ろでスマホをいじっていたつむぎが私たちに告げる。「怪物図鑑」アプリでモンスターの正体を調べていたのだろう。

「接近戦にリスクがあるなら出来るだけ近づく前にダメージを与えておかないとね」

 亜紀が前に出てカラミティジェーンの二丁拳銃の弾丸を腐肉食らいの胴体に叩きこむ。弾丸は全弾命中し腐肉食らいも一瞬ひるんだが致命傷には至っていない。

「じゃあお二人さん、あとはよろしく!」

 そう言って亜紀は私たちの背後にすべり込む。

「やれやれ、もうすぐ目的地なのに強そうな敵に会っちまうなんてな」

「こいつがラスボスなのかな」

「用意された試練である以上、そういう役割のモンスターなのかもしれませんね」

 こいつを倒せば冥宮の試練もめでたく終了。そう思うとやる気が湧いてくる。

「本当に最後の戦いなら全力でかかるべきでしょうけど、念のため僕は変身を温存しておきます。僕の力が必要なら声をかけてください」

 正雄君はあくまで慎重だ。確かにこれが試練ならすべて終わったと見せかけてさらに敵を送り込んでくるということも十分ありうる。まずはこの腐肉食らいを倒さなくっちゃだけど。

 隆史君と私は互いに腐肉食らいに攻撃を繰り出す。腐肉食らいの体は芋虫みたいにぶよぶよしているがその肉厚のせいであまりダメージが通らない。隆史君が操る宮本武蔵の二刀流の剣はズバズバと肉を切り裂くけれど、腐肉食らいはあまりひるむ様子はない。

 一方で私の薙刀は麻痺攻撃を繰り出す触手対策に専念する。そのおかげで麻痺攻撃を喰らう危険は回避できているけれど、ダメージにはならない。このままだとジリ貧だな、と思っていると突然左側からもの凄い衝撃を喰らい、壁に叩きつけられた。

 何が起こったかはわからない。が、私の体の上にぐったりした隆史君が乗っかっていることで大体の出来事を理解する。隆史君は腐肉食らいから強力な攻撃を喰らい、私はその巻き添えになったのだろう。

 隆史君は白目を剥いて気絶していたが、彼が盾になってくれたおかげで私のダメージはさほどではない。手を開いたり握ったりして自分が大丈夫だと確信する。

「麻友! 大丈夫? まだ戦える?」

 腐肉食らいに銃弾をブチ込みながら亜紀が私の安否を確認する。答える代わりに私は左腕を上げ親指を立てる。そのまま立ち上がり、前傾姿勢で薙刀で腐肉食らいに切りつけた。

「ここで加勢しなきゃ男がすたるわよね」

 正雄君も私の英雄、巴御前の姿に変身して加勢に入る。

「二人ともがんばれー」

 気の抜けた声でつむぎの声援も飛んでくる。あんたも何か手伝えよと思ってしまうけれど、つむぎの糸では巨大な腐肉食らいを拘束するのは難しいだろう。見守ってくれるのが一番だ。

 私と正雄君は打ち合わせをしたわけじゃないけど、連係して相手の攻撃をけん制しつつ、腐肉食らいにダメージを与えていくことが出来た。さっきまでの私は触手攻撃を気にする余り腰の引けた攻撃しかできなかったが、多少のダメージは受ける覚悟で戦いはじめると驚くほど敵の対応が違う。さっきより明らかに腰が引けている。

 英雄の力はこちらの精神状態で大きく変わる。なら、いける。

 切りつける手ごたえは回数を重ねるごとに増していく。

 そして会心の一撃を叩きこんだ時、腐肉食らいはついに地面に倒れた。


「ちくしょー、またカッコ悪いところ見せちまったなあ」

 気絶から回復した隆史君は起き上がるなバリバリと頭を掻いた。

「戦いは時の運です。不意をつかれたり強力な攻撃をモロに喰らってしまうことだってありますよ」

「確かにそうだけどよ。俺は冥宮探検とかバトルには向いてないんじゃねーかって気がするんだよな。地上に戻ったらもう冥宮とは永遠におさらばするよ。正雄や亜紀はどうするつもりなんだよ」

「コンビニでも言ったけど私も基本地上で暮らしていきたいかな。適正があれば冥宮探索人生もいいかなって思ったけど、正直向いてないわ」

「僕は……実際に戦ってみて冥宮に潜ってみるのもいいかなって思いました。麻友さんとつむぎさんは?」

「私はひたすら冥宮の奥に潜り、冥界に行く」

 つむぎが答えると今度は私に視線が集中する。

「……私は正直わからない。冥宮の低層部でお金を稼ぎたいとは思ってるんだけど、ずっと冥宮探検を続けるかというとちょっとね」

 もうすぐ、このパーティは解散する。成り行きでパーティを組んだだけの五人だけれど、これでお別れだと思うと少しだけ寂しい。もっとも春から新しい生活が始まればこの冒険を共にした仲間のことなんてすぐ忘れてしまうのかもしれないけれど。

「あと百メートルも歩けばこの冒険も終わりだな」

「ゴールまで競争でもしてみる?」

「やめて、それだと罠感知が発動しない」

 私たちの冒険はもうすぐ終わろうとしている。たぶん、何事もなく。

 と、思っていると背後から何者かの足音が聞こえてきた。それも複数。

「……敵だな。どうしようか。ゴールまで走れば逃げ切れるかもしれないけど」

「でも罠があったらどうするの。それこそ最悪の事態にならない?」

「仕方ないですね、ここは戦いましょう」

「ゲームじゃないのにラスボス戦があるなんてね」

「今回は私も援護してやる」

 私たちは武器を構え敵の接近を待った。敵の姿が視界に入った途端に亜紀とカラミティジェーンに化けた正雄君の銃弾が発射された。

 弾丸を喰らった敵が何体か倒れたが残った敵はひるまずに私たちめがけて突進してくる。私たちより一回り背丈の小さな緑色の肌の小鬼たち。皮鎧を身にまといギザギザの刃のついた剣で武装したそいつらの顔はピラニアみたいに凶悪で殺気だった目とむき出しにした鋭い歯がギラギラとした印象を与える。

 こいつらはオーク鬼。ゲームとかでは豚の顔をした小鬼としてユーモラスに描かれることもあるが実際に対峙したこいつらは凶悪な殺人マシーンにしか見えない。まさに死の軍団の尖兵というべき存在だろう。

 生きて襲い掛かってきた数は五匹。銃弾で先制して倒してもまだ私たちと同じだけの数がいるのだ。

 近づいてきたオークたちにつむぎがアリアドネの糸をけしかける。一体のオークが捕らえられ動きを封じられたが残りはそのまま突っ込んできた。

 私と隆史君は前に出てオークたちに切りかかった。骸骨に比べると力も強いし動きも早い。けれど私たちにインストールされた英雄の力は私たち自身の能力と関係なくオークと戦ってくれる。私に宿った巴御前の力はオークよりも強い。剣を交えてそう確信した。

 が、一対一で勝てても二体同時相手にするとどうしても隙が出来て手傷を負ってしまう。左腕を剣で切り付けられ思わず怯む。そこを別のオークにさらに仕掛けられる。

 複数の敵を相手にするだけでこんなに苦戦するものなのか。英雄の力というのも大したことがない、なんて思ってしまう。私や隆史君のような戦士タイプは特殊能力を持たないから本当に英雄任せで戦うしかないのだ。

 しかし英雄の力にも個人差があるようで宮本武蔵の力を操る隆史君は二刀流でオーク二体の頭を叩き割っていた。そして私が相手をしていた二体のうち一体を引き受けてくれる。さらに亜紀と正雄君の銃弾はつむぎが拘束したオークをハチの巣にしていた。

 私は今相手をしているオーク一体を倒せばいいだけ。そう思うと現金なモノで体の動きにもキレが出てくる。笑いを浮かべながら攻撃を繰り出していたオークも私の薙刀に切りつけられるうちに焦り顔になっていった。

 そして私の横で隆史君が相手をしていたオークがどさりと倒れるとオークはあからさまに戦意喪失した。逃げ腰になったオークに私は容赦なく突きの一撃を繰り出す。薙刀の刃はオークの腹を割り内臓がどろりと垂れ下がった。

 唖然となったオークの首を私は切り飛ばす。

 こうして襲ってきたオークは全滅した。

「こいつら何かアイテムを持ってないかな」

 見たところ荷物はないし武器や鎧をはぎ取る気にはなれない。ゲームと違ってアイテムやゴールドは自動的に湧いてきたりしないのだ。

「試練の目的は目的地に着くこと、死体漁りをしてて他の敵が来たら面倒でしょう。さっさと先に進みましょう」

 正雄君がそう言うと亜紀とつむぎは素直に従ったが、隆史君だけは一応アイテム探しをしたいという。

「仕方ないなあ。じゃあ、ちょっとだけだよ」

「ああ、一体だけ死体を調べてみるよ」

 隆史君はひざまずいてオークの死体を調べ始めた。私たちは周囲に警戒しつつ隆史君の行動を見守る。オークが腰につけた革袋を調べる隆史君。

「この袋、金貨とか入ってないかな」

 ゲームじゃないんだし食べ物とかしか入ってないんじゃないのと心の中でツッコんでいるとき、私はありえない光景を見た。

 死んでいるはずのオークの腕が動いたのだ。

 そしてオークは落ちている剣を手に取って隆史君の首に切りつけた。

「あが……」

 隆史君が聞き取りにくい声をあげる。首が半分もげていたからちゃんと声が出なかったのだろう。重みで隆史君の頭はぐらりと揺れ、胴体からもげてしまった。

 そして死体のはずのオークは素早く立ち上がった。

「な、なんなのコレ……」

「久しぶりだなあ、西須亜紀ぃぃ」

 しわがれた声でオークは叫んだ。剣を持っていない左手の人差し指は亜紀を糾弾するように指さしている。

「ど、どうしてオークなんかがあたしの名前を知ってるのよ……」

 怯えた表情で亜紀がつぶやく。

「オークの体は借りてるだけだよ。私のことなんてとっくに忘れてるのかい?それとも恨みに心当たりが多すぎて見当もつかないのかい?」

 オークの死体には何者かがとり憑いている。地下にも地上にも悪霊はうろうろしているけれど、このエリアはそういった霊からは守られているはずじゃなかったのか。

「亜紀、どういうことだ。心当たりがあるなら話せ」

 珍しくつむぎが積極的に話を振ってきた。

「わ、わかんないわよ。あたしには見当もつかない……」

「見当もつかないだって?いじめの主犯のくせによく堂々とそんなことが言えるねえ。あたしは澄川月子。あんたらのせいで中学に行けなくなって勇気を出して学校に行ったらボロボロにされて屋上から飛び降りた澄川月子だよおお!!」

 オークはそう叫ぶと亜紀めがけて襲い掛かってきた。固まっている亜紀の前に巴御前に変身した正雄君がかばうように立ちはだかる。しかし構えた薙刀は剣の一撃で叩き割られ、その刃はそのまま正雄君の顔面にずぶりと刺さった。オークはさらに力を込め正雄君は頭そのものを縦に真っ二つにされてしまう。脳を割られて生きている人間はいない。唸り声とも断末魔ともつかない低い声をあげて正雄君は倒れた。

 オークはにやりと笑って亜紀に近づいていく。私は勇気を出して前に踏み出す。が、その時、誰かが私を引っ張った。それはもちろんつむぎだった。

「麻友、亜紀を見捨てて逃げよう。それしか助かる道はない」

「そんな……」

 私はそれが正解だと理解していた。悪霊がとり憑いたオークは亜紀にしか関心を払っていない。逃げれば助かるかもしれない。しかし私は「仲間」を助けたいと思ってしまった。

 薙刀でオークに切りかかる。が、軽くいなされ打撃の勢いでぐらりと前に倒れそうになる。なんとか踏ん張ったところで右腕に激痛が走った。右の手首がなくなっている。

 オークに切り落とされたのだ。当然右手に持っていた薙刀も地面に落ちていた。拾おうとして今度は顔面に、両目に激痛。視界が真っ赤になった。

「逃げ出すなら放っておくつもりだったけど、亜紀をかばうならお前もいたぶり殺してやる!ゲスをかばうてめえも生きてちゃいけねえクズってことだからな」

 太もも、胸、左腕。次々と切りつけられ痛みで涙が出てくる。どうしてこんなことに。

「……私も殺す気か」

 つむぎの声だ。早く逃げて。

「なんだいおチビちゃん。逃げるんなら追わねーよ。私は正義の復讐のためにここに来たんだからな」

「生存率九十五パーセントって数字気になってたんだけど、五パーセントはこういうケースなんだ」

「そうだよ、この試練って奴は大多数の人間に自己防衛の力を与える機会であると同時にこの世界に生きる資格のない人間を消す機会でもあるんだよ。生者と死者が協力してなあ」

「……逃げてもいいんだけど、仲間が全滅だと具合が悪い。こんなに早くリブートの力を使うとは思わなかったけど」

 つむぎは一体何を言っているんだ。早く逃げてよ。亜紀は決して逃がしてもらえないだろうけど、あなたにはまだチャンスがあるんだから。

 私は無我夢中でオークに抱きついた。

「つむぎ!それに亜紀も!逃げられるだけ逃げてーーー!!!」

「貴様!邪魔をするな!」

 首に激痛。胴体から首が離れたんだな、と思った途端、すぐに私の意識はなくなった。


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