冥宮コンビニ
冥宮を探索していた私たちは開けた空間に出て、そこにコンビニエンスストア「セーブポイント」を発見した。
「どうする? 入ってみるのか」
「当然でしょ。せっかく見つけたんだから入らない手はないじゃない」
「店自体が罠という可能性はないですか?店内の様子はここからじゃよくわかりませんが」
「もう少し近づかないと私の罠感知には反応しない」
「とりあえず寄るだけ寄ってみようよ。買い物するかは別だけど」
話し合いの結果、私たちはセーブポイントの店舗に寄ることにした。そしてお店に近づいていくと不意に頭上が暗くなった。
上を見上げると数匹の獣が頭上から飛び掛かってくるところだった。
「こいつら! 店の屋根に潜んでいたようですね」
「今回は私が活躍させてもらうわ」
私や隆史君が武器を構えている間に亜紀が二丁拳銃を発射する。弾丸は二匹の獣に命中し、頭や四肢を吹きとばした。
亜紀の攻撃を喰らった獣は無様に地面に叩きつけられる。しかし難を逃れた獣たちは私たちに襲い掛かってくる。
近くで見てわかったが、こいつらは犬がゾンビ化した怪物、ゾンビドッグとでも言うべき怪物だ。三年前まで、町では野犬なんて滅多に見かけなかったけれど、今の世の中では生きている犬も一度死んだ犬も我がもの顔でうろつき回っている。
地上では頭が割れて脳や目玉が垂れさがっていたり体が半分なかったりとかなり直視するのがツラい奴が多かったけれど、ここにいるゾンビドッグたちはちょっぴりお腹から内臓がはみ出ているくらいだから可愛いものだ。
とはいえ、襲われている以上、ゾンビドッグを破壊してグロい状態にしなければいけないんだけれど。
亜紀の弾丸を逃れた個体は私の薙刀と隆史君の日本刀二刀流によって細切れの肉塊に変えられた。少し前に戦った骸骨に比べると動きも素早いし力も強かったけれど、英雄の力の前には大した脅威ではなかった。
「大丈夫か麻友ちゃん、噛まれたりしてないよな?」
「うん、爪攻撃は喰らっちゃったけど、かすり傷。毒や雑菌は大丈夫、なはずだよ」
「あのソロモン王のおじさんが言ってたよね。英雄の力は肉体の抵抗力を大幅に上げるから、傷の化膿とか病気は心配しなくていいって。強力な毒とかだと話は別みたいだけど」
「今さらですけどRPGのキャラになったような気がしますよね」
「それよりみんな、この後どうする」
つむぎがコンビニのドアを指さした。
「そりゃあ、中に入るけど……」
入店しようとした途端ゾンビドッグに襲われているだけにちょっとためらいがある。
「さすがに偽物のコンビニってことはないだろ。地図にもちゃんとコンビニ「セーブポイント」って表示されてたわけだし」
リーダーの隆史君が前に一歩を踏み出した。それと同時に自動ドアが開くはず、だったがガラス製のドアはピクリとも動かない。
「どうして開かないの?入店拒否って奴?」
「そもそも中に店員がいないとか?」
私たちは店内をのぞき込む。すると店の奥から革ジャンを着た大男が現れた。それと同時にドアが開く。
「……お前ら、何しにここにきたんだ?」
「な、何って買い物に来たんだけど……」
「なんだ客か、じゃあ入れ」
そう言って男は中に引っ込む。私たちも顔を見合わせ店内に入った。
店のレイアウトは地上のコンビニとそう変わらないが、日用品コーナーだけはよくわからないアイテムばかりが並んでいた。
「なんだろうコレ、アリアドネの糸玉だって。どういう効果があるのかな」
「それは冥宮から一瞬で地上に戻れるアイテム。私もこの能力は使える。ただしこのエリアでは効果ないけど」
「どうして使えないの?」
「ここが試練場だからに決まっているだろう。途中で地上に戻られたら試練としての意味がないからだ」
そう言いながらさっきの店員さんが私たちの会話に割り込んできた。というかこのおじさん本当に店員なんだろうか。
金髪のロングヘアーにサングラス、身に着けているのはコンビニの制服ではなく革ジャンとボロボロのジーパン、あちこちにゴテゴテしたアクセサリーをつけているし、ひと昔前のロックミュージシャンみたいな恰好だ。
そして彼の首を見て私はぎょっとする。首全体に縫合の跡がある。切断された首を縫い付けて元に戻したような感じだ。特殊メイク、ではないはずだ。
このおじさんはおそらく一度死んでいる。つまり彼は生者と死者でもない「死にぞこない」なのだ。
「知性のある死にぞこないに会うのははじめてかい、お嬢ちゃん」
「あ、はい。TVで見たりはしたけど実際に会うのは……」
私の不躾な視線に気づいたおじさんはさらに声をかけてくる。
「まあ、俺たち死にぞこないが地上で暮らすことは条約で禁止されているからな。俺たちの生きる場所はこのラビリントスにしかない」
「死にぞこないって……。どの種族に変化したんですか」
「俺の場合は食屍鬼、グールって奴だな」
グールという単語を聞いて皆が後ずさった。様々な状態異常を引き起こし、人間の肉を食べる怪物、そんなものと戦って私たちは勝てるのだろうか。しかしおじさんはそんな私たちを豪快に笑い飛ばした。
「おいおい、俺はこのコンビニの店長だぜ。お客さんの相手をして商品を買ってもらって気持ちよくお帰りいただくのが俺の仕事だ。取って食ったりはしねーよ。第一コンビニってのは一種の中立地帯だ。ここで禁止行為をした奴にはデスペナルティが待っている。その辺は地上と同じだぜ」
「……おじさんはどうしてグールになったんですか」
「どうして、か。まあ成り行きっちゃ成り行きなんだがな。三年前まで俺は派遣労働者として働いていた。ハッキリ言って将来の見えないその日ぐらしの毎日だったな。しかしラビリントスの出現で俺の人生どころか世界そのものが変わっちまった。十五歳以上の全人類は歴史上の英雄の力を半強制的にインストールされて死の軍勢と戦うことを強制されるようになった。もっとも英雄の力は死の軍勢相手だけに使われたわけじゃないがな」
「英雄だけじゃないって?」
「……気に入らない上司をブチ殺すとかだよ」
そう言っておじさんはにやりと笑った。じょ、冗談よねと亜紀がひきつった笑いを浮かべたがおじさんは質問には答えなかった。英雄の力を使って生きた人間を殺す事件は何件も起きている。おじさんが人を殺していたとしても驚くことではない。
「大抵の奴は地上に残って自衛のためだけに英雄の力を使い、今までと出来る限り同じような生活を送ることを目指した。けどな、中には冥宮に潜って一攫千金を目論む奴もいたんだ。俺もその一人だがな」
「それで何故、えーと、あなたはグールになってしまったんですか」
「あなたなんて呼ばれるのは気持ち悪いな。俺のことはジョニーと呼んでくれ。学生の頃からずっとジョニーってあだ名で通ってるんでな。それで質問を質問で返すが坊やは何故オレが『死にぞこない』になっちまったと思う?」
「……ぼくの名前は道下正雄です。ジョニーさん、あなたがグールになった理由ですが、冥宮でグールに襲われてその同族になったということではないんですか」
「残念だが不正解だ。グールに襲われて殺されてもグールにはならない。最下級の死にぞこないである知性のないゾンビになるだけだ」
「えっマジかよ。グールに襲われたグールに、吸血鬼に襲われたら吸血鬼になるんじゃないのかよ」
「残念だが違うね。どんな『死にぞこない』に殺されても死体はゾンビにしかならない。死んだ本人とは関係なく低級な霊に肉体を乗っ取られた単なる動く死体にしかな。そして殺された人間の魂は死後の世界、冥界に導かれていくんだ。吸血鬼の場合は『闇の口づけ』という同属を増やす方法があったりするんだがな」
「それじゃあジョニーさんはどうやってグールになったんですか」
私が尋ねるとジョニーさんはもう少し自分で考えてみないかと笑う。素直に答えを教えろよおっさん、と思ったがさすがに口には出せない。
「……どこかで『死にぞこない』に転職するんですか。冥宮の中にダーマ神殿みたいのがあってそこで神官に転職させてもらうとか」
「ははは、面白い答えだな。転職か。感覚的には確かに転職みたいなもんかもしれん。だが、実際には『死にぞこない』になることは『転生』なんだ。そして上位の死にぞこないに転生する方法は」
冥宮内で『死にぞこない』になりたいと強く念じながら自殺する。それだけだ。
「へっ、自殺するだけで『死にぞこない』になっちゃうの?」
「そうだ。この冥宮の中は死の力で満ちている。死は自ら死に近づく者にその力を与え死と生の狭間で抗う存在に変えてくれるんだ。もっともどんな『死にぞこない』に転生するのは本人の資質次第なんだがな」
ソシャゲのガチャみたいだな、と私は思う。もっとも英雄召喚のシステムもガチャそのものではあるけど。
「ふーん、冥宮の中で殺されそうになったら最悪自殺すればいいってわけか。もっとも俺はこの試練が終わったら二度とラビリントスには来ないつもりだけどな」
「あれっ、隆史君は一生ずっと地上で暮らしていくつもりなんだ」
「そりゃそうだろ。平穏に地上で暮らせるならそれに越したことはねーよ。この三年で大量に人が死んでるから就職だって売り手市場だしな」
「あたしも余程のことがなきゃ地上で生きていきたいわ。英雄の能力も戦闘型でハズレだしね」
「戦闘型の英雄ってハズレなんだ」
「ハズレよ。よほど本体に才能があれば別だけど大抵の人は地下二階で挫折して冥宮生活を引退するってネットに書いてあったわ。その点つむぎや正雄君は特殊能力タイプだから重宝されるんじゃないかな。運営からスカウトが来るかも」
「確かに特殊能力タイプは能力の使い方次第では活躍できるらしいですが、僕だって地上で公務員かなんかになって平和に暮らしたいですよ」
みんな若いのに守りに入ってるよねー、と亜紀は苦笑いした。
「それで、麻友とつむぎはどうするつもりなの。冥宮で一発当てようとか思ってるの?」
「私は……、お金を稼ぐために高校に行きつつ冥宮にも潜ろうなんて考えてるんだけど、甘い考えかな」
そんなことはないでしょ、と亜紀や隆史君は言ってくれた。そして皆の視線がずっと黙っていたつむぎに集中する。
「そこのアリアドネのお嬢さんは試練が終わったらどうするつもりなんだい?」
「……私は冥宮の最下層を目指す。そして冥界に行く」
「なにそれ!スゴイじゃん。あの世に行って地獄とかに就職するとか?」
「……ないしょ」
そう言ってつむぎはにやっと笑った。
冥宮の最下層を目指す、か。そういう冒険者みたいな生き方を考えてる子もいるんだな、と私は感心した。何を考えてるかいまいちわからないつむぎだけど、ちゃんと目標みたいなものがあるのかもしれない。
「ふふふ、お前らけっこう将来のことを真剣に考えてるみたいだな。よっしゃ、世界の未来を担う若人にこのジョニーさんがごちそうしてやろう。ただし一人千円までだぜ」
やったー、と皆が声をあげる。
そしてホットスナックとかアイスなんかを注文してイートインコーナーで食事を開始する。それじゃあ気合入れ直したら冒険頑張れよ、と言ってジョニーさんはレジの方へ戻っていった。昔のコンビニとちがってそこにはちゃんと椅子がある。それもかなり座り心地のよさそうな奴が。ジョニーさんは椅子に座ると漫画雑誌を読み始めた。売り物なのにいいのか、というかこの店って私たち以外客は来ないだろうけど、どうやって生計を立てているのか。試練用に特別に用意された施設だったりするのかな。
そんなことを考えながら私は注文したチョコパフェを頬張る。心なしか地上の奴よりおいしい気がする。
そして飲料水とかをいくらか買った後で私たちはコンビニを後にした。思いがけず将来の話とかしちゃったけど、まずはこの試練を終わらせる。それは大して困難なことじゃないだろう。この時の私はそう信じていた。
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