敵との遭遇

 私たちはいよいよ冥宮の探索を開始した。転送地点の広間からは北と西に通路が伸びていた。つむぎの罠感知にはどちらの通路も反応しない。どちらに進んでもかまわないが、地図を見ると北に進んだ方がコンビニ「セーブポイント」には近い。それならば北に行ってみようという隆史君の意見で、私たちは北に伸びる通路をまっすぐ進んでいく。

「……なんか静まり返っていると私たちの歩く音ってすごくうるさく感じるよね。この冥宮にもゾンビとかがうろついてるなら、すぐに襲ってきそう」

「まあゾンビならあっちも派手な音を立てるでしょうから不意打ちはないでしょうけどね」

 皆が警戒しながら慎重に歩を進めているが、今のところ敵が現れる様子はない。つむぎの罠感知にも特に反応がないようだ。

「ねえ、つむぎの罠感知ってどんな風に罠に反応するの?」

「罠に近づくと持ってる糸玉が震える。ただし、どんな罠かまではわからない」

「けっこう不便なんだな。どんな罠かわからないと解除できないじゃないか」

「基本罠は避けるべきでしょ。私たち英雄降臨でアップデートされた能力以外は単なる十五歳のガキなんだからさ。隆史君は宝箱に毒針とか仕掛けられてたら解除とか出来るの?」

 いや無理、と隆史君は首を横に振る。

「無駄話もいいけど警戒を怠らないでください。また分かれ道ですよ」

 正雄君はそう言って前方を指さす。また北と西に通路が分岐している。

「うーん、地図を見ると西に進んだほうがコンビニに近いみたいだけど」

 亜紀は西に向かって進もうとする。

「待って!そっちは糸玉に反応がある!」

 つむぎの叫び声に亜紀は後ずさった。

「おいおい亜紀ちゃん。気を緩めちゃダメだぜ。とりあえず罠は避けて北へ行こう。こっちからでもコンビニには行けるだろうし」

「そうね、どんな罠かわからないけど、とりあえず回避しときましょうか」

 こうして私たちはまた北に向かって歩き出す。探索をはじめてからどれくらいの時間が経っただろう。スマホの時刻表示を見ると探索開始からまだ三十分ちょっとしか経過していない。何も起こらず試練が終わるならそれに越したことはないんだろうけど、いささか拍子抜けという気がしなくもない。

「この試練場にはモンスターは出ないのかなあ」

「今のところ足音はしてきませんね。ゾンビとかオークとかが近づいているということはないでしょう」

「みんな、油断しちゃダメ。敵は派手に音を立てながら来るとは限らない。音もな毒蛇が上から降ってきたり、足に噛み付いてきたりするかもなの」

 つむぎの言葉に皆がぎょっとして天井を見上げたり足元も確かめたりするが、もちろん毒蛇なんかはいやしない。

「ちょっと~。脅かさないでよね、つむぎちゃ~ん。マジびびっちゃったじゃない」

「いや、小型の動物に襲われる危険は失念してました。油断だけはしないようにしましょう」

「まあ足元に蛇が這ってるなんてことはないだろうけどな……って。ええっ?」

 突然、隆史君が叫び声をあげた。

 何事かと隆史君の足元を見ると、彼の足首は骨ばった、いや骨そのものの手にぎゅっと掴まれていたのだ。

「えっ、なんなのコレ……?」

「敵!地底から骸骨が現れる!」

 つむぎの叫び声と共に私たちの足もとからにょきにょきと骸骨が生えてきた。隆史君の足首を掴んでいる奴も含めて数は四体。武器はみな短剣を持っている。ホテルで戦った奴はハダカだったが、こいつらは皮鎧を身に着けているから防御力は高い。

「うわああああ!!」

 足首を掴まれていた隆史君が態勢を崩して地面に倒されてしまう。

「ちょっと地底から生えてくるなんて反則だよ!」

 亜紀もすぐ近くに現れた骸骨に抱きつかれてしまっていた。腕を掴まれてしまっていたが亜紀は銃を撃ち骸骨を攻撃する。しかし弾丸は骸骨に当たらず、私の五十センチほど横を通過して背後の石壁に着弾した。

「ちくしょう!今度こそ当ててやるから!」

「待ってよ亜紀!そんな状態で撃っても骸骨には当たらないし、こっちに当たったらどうするのよ!まず骸骨を振りほどいて!」

 亜紀はちっと舌を鳴らしたが私の言うことを聞いて銃をいったんしまい敵と密着した状態から離れようとする。しかし彼女に憑いた英雄「カラミティ・ジェーン」は腕力はそれほどでもないようだ。骸骨は揺さぶられてはいるが、振りほどかれることはなかった。

 別の骸骨に押し倒された隆史君はパニック気味で、骸骨に乗られたままじたばたするだけだ。二人をすぐに助けたいけれど、骸骨の数は四体。残り二体が私たちの前に立ちふさがる。

「やれやれ、最初の戦いからネカマチェンジの術を使うことになるとは思いませんでしたよ」

 変身の術は温存しておきたいと言っていた正雄君だったが、仲間二人がピンチになっているのを見るとためらいなく術を使用した。

 平安時代の貴族みたいな恰好をしていた正雄君を紫色の煙が包み込む。そしてすぐに煙が晴れて、正雄君が姿を現した。

 私と同じ薙刀を手にした和装の女戦士がそこにはいた。が、顔は正雄君そのまんまなので正直かなり気持ち悪い。

「麻友さん!私は左の奴を狙いますわ!右はよろしく頼みます!」

 口調までオネエっぽくなった正雄君が骸骨に襲い掛かる。私ももう一体の骸骨めがけて薙刀を繰り出す。

 ホテルで戦った骸骨は私の攻撃に反応することさえ出来なかったが、この骸骨は短剣で私の初撃を受け止めた。そのまま薙刀をはじかれ体勢を崩したところに短剣の攻撃が繰り出される。慌ててのけぞって攻撃を避けた。そして腰の入ってない状態から薙刀を振り回すが、当然避けられる。だが、相手が離れたことで態勢を整えることが出来た。

 一度離れた骸骨は突きを繰り出してきたが落ち着いて敵の動きを見るとスピードは大したことがない。カウンターで薙刀の一撃を叩きこむ。

 鎧で阻まれたが、打撃のダメージで骸骨の骨が砕けた音がした。これならいける。私は薙刀で骸骨の剣撃をいなしつつ隙が出来るのを待った。そして相手が剣を振りかぶった瞬間に胴に薙刀の一撃を叩きこんだ。

 がしゃあん、と骨の砕ける音がして骸骨はがくりと膝をついた。そして相手の頭上にさらなる薙刀の一撃を食らわせた。頭蓋骨は砕け散り、骸骨は動くのをやめてばたりと倒れた。

 やった。敵を倒したことで私の心は高揚する。次の敵と戦いたい。隆史君の方を見ると彼はすでに骸骨を倒していた。両腕と頭を砕かれた骸骨の残骸が隆史君の足元に転がっている。

「遅かったですわね麻友さん。隆史君たちを助けますわよ!」

「だから何なのよそのキャラ付けは!」

 私のツッコミを無視して正雄君は亜紀にのしかかった骸骨を引きはがしにかかる。私は隆史君に乗っかっている骸骨を担当する。

 別の相手を襲っていて隙だらけの骸骨を退治するのは簡単だった。不意打ちを喰らった亜紀と隆史君にも大したダメージはなかったのでほっとする。

「ふう、二人とも無事でよかったよ」

「くそー、まさか地下から湧いて出てくるとは思わなかったぜ」

「言い訳はしたくないけど、不意打ちを喰らうとここまで何にもできなくなっちゃうものなのね。気をつけなくっちゃ」

「そうですわね。先のソロモン先生のお話でも英雄の力は使用者の精神状態に大幅に左右されるとのことでしたわ。動揺していては普段の半分のパワーも出せないのですわ」

「う……、正雄君なんでそんな恰好を……、って例の女英雄に化ける能力って奴か……。顔は正雄君のまんまなんだ。……出来たら私には化けないでね」

「そんな!亜紀さんのカラミティジェーンの衣装ってとっても素敵ですのに!」

「だから何故オネエ口調なのよ!魔力の消費がキツいならさっさと変身を解きなさいよ!」

 それもそうですわね、と言って正雄君は変身を解いた。

「ふう、けっこうな魔力を消費してしまいました。今回の試験にどれくらいの時間がかかるかはわかりませんが、変身の技はあと二回も使ったら打ち止めです」

「そんなに魔力を使うんだ。本当に慎重に進まないと」

 私たちは気を取り直して先を急ぐ。そしてすぐにまた分かれ道にぶつかる。今度も北と西に通路が分かれている。どちらの通路もつむぎの罠感知には引っかからない。

「コンビニへ行くには西の通路だな」

 特に反対する者もなく私たちは西の通路を進む。今までのまっすぐな通路と違いぐねぐねと曲がっているが道なりに進んでいく。そして私たちは狭い通路を抜け広い空間に出た。

 その先には近代的な平屋の建物があり、入り口の上には「SAVE POINT」と書かれた看板が掲げられていた。


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