いざ冥宮へ

「それでは十二番テーブルの皆さん、別室に移っていただきます」

 長いお昼休憩が終わり私たちのパーティはついに死生混淆冥宮ラビリントスに挑むことになった。さっきまでずっと不安にかられていた私だけれどつむぎが励ましてくれたおかげでだいぶ気持ちが楽になった気がする。正直、何を言ってるのかよくわからないところもあったけれど、つむぎなりに私を元気づけようとしてくれたのだろう。

 係員の人によって私たちはエレベーターまで案内される。どうぞお気をつけて、と頭を下げて係員の女の人はB10と書かれたボタンを押し、その後に閉ボタンを押すと後ろに下がった。そしてドアが閉まるとエレベーターがゆっくりと下降しはじめる。エレベーターの中にいるのは私たちのパーティの五人だけだ。

 巴御前の力を持つ私と宮本武蔵の剣技を使う隆史君が前衛を務め、カラミティジェーンの銃で亜紀が後衛からサポート、日本最古のネカマ紀貫之の力で正雄君は臨機応変に動いてくれるだろう。アリアドネの糸を使うつむぎは戦闘では相手の動きを封じることが出来るし、彼女の糸は冥宮の探索を楽にしてくれるはずだ。

 このパーティならきっと問題なく生き残れる。試練とはいっても私たちを殺すために仕掛けられたものではなく、地上や冥宮で生き残る力を訓練するために行われるものだ。

 絶対に生きて帰れる。私は自分にそう言い聞かせる。


 エレベーターは地下十階に到着した。ドアが開いたそのすぐには大きな鉄扉があり、その前には魔法使いみたいなローブをまとったおじさんが待っていた。

「君たちが十二番目の挑戦者かな。ナンバープレートを確認させてくれ」

 これですね、と隆史君が懐からナンバープレートを取り出した。ナンバープレートを確認したローブのおじさんはうむ確かにと頷いた。

 そしておじさんの背後の鉄扉が開いた。扉の向こうは三メートル四方程度の狭い空間で床に大きな円形の足のないテーブルのようなものが置いてあった。テーブルの表面はごちゃごちゃと私には読めない謎の文字で埋め尽くされている。これが転送装置という奴なのだろう。

「では、転送テーブルに乗ってくれ。乗ってしまえば数秒後には冥宮の中に転送される。君たちの武運を祈っているよ」

 そう言われて私たちは恐る恐るテーブルの上に乗っかった。そして全員が乗ると天井が突然光った。上を見ると私たちが乗っかったテーブルが天井にも設置されていた。

 上と下のテーブルがぐるぐると回り出し、回転でくらっとなった後、気が付くと私たちは石造りの壁で囲まれた広い空間にいた。

「……ひょっとしてもう俺たちはラビリントスに転送されたのかな」

「そうでしょ、さっきとは全然違う風景だし、いかにもダンジョンの中って雰囲気じゃない?」

「たぶん、そうだろうな。まずは地図アプリを立ち上げてみようぜ。目的地までどれくらいの距離があるか確認しよう」

 隆史君の言葉に皆が頷いた。いつの間にか彼がリーダーを務めているような感じだが特に反発する人はいない。こういうのはやるべき人が自然にやるものなのだろう。

 スマホを見ると地図アプリ以外にも見慣れないアプリがインストールされていた。アイコンにはラビペイと書いてある。

「なんかメールも来てるな。ラビペイっていうのは冥宮内で使える決済用のアプリみたいだ。一人につき五千円分のマネーが入ってるってよ」

「大した額じゃないけどラッキーね。買い物するとポイントはどれくらいつくのかな」

「そこまではまだ読んでないが……あれ、冥宮内での買い物はこのラビペイを通じてしかできないらしい」

「なにそれ、他のアプリのポイントけっこう貯まってるのに。いい商売してるわ」

 亜紀と隆史君が決済アプリの話で盛り上がっている間に私は地図の方をチェックする。

 最初に現在地と目的地、そしていくつかの目印だけが表示された簡易地図が表示される。この地図によると北西の方向にまっすぐ進めば目的地にたどり着けるようだ。しかしラビリントスはあちこちぐねぐね曲がった迷路だ。まっすぐ目的地まで進むなんてことはできない。迷路の構造が地図に示してあれば、それに沿って進めば良いのだけど、今見ている地図に描かれているのは目的地と現在地くらいのもの。こんな地図どうやって役に立てればいいのだろうと思ったところ、解説文を読み進めていくと冥宮内を歩いていくと歩いた箇所の様子が自動的に地図に記録されていくという。

 RPGのオートマッピングみたいな代物だが、私としてはちゃんと完成した地図が欲しかったところである。

「とりあえずは北西を目指して道なりに進んでいこう。訓練用の迷路なら、そこまで意地の悪い構造でもないだろうし」

「そうね。それとここと目的地の中間地点にあるセーブポイントってあのセーブポイントのことだよね?」

 ひと昔前のゲーム好きならセーブポイントといえばRPGのセーブポイントを思い出すかもしれない。けれど今亜紀が言ってる「あの」セーブポイントというのは今や世界最大のコンビニエンスストアのチェーン店のことだ。

 ラビリントスが出現して以来、いろんなことが変わったけど、身近なことでいえば世間から大手コンビニの姿が消えて新手のコンビニであるセーブポイントだらけになったことは大きな変化のひとつだろう。

 セーブポイントがたった三年程度で世界一になれた理由は色々あるだろうけど、セーブポイントの店舗が「安全地帯」として機能したことが大きな理由のひとつだろう。

 地上をうろつく死の軍勢の尖兵たちは民家だろうと学校だろうとヤクザの事務所だろうと、所かまわず侵入してくる。もちろんコンビニだって例外ではない。コンビニで買い物中にゾンビや悪霊に襲われて逃げ場がなくて殺されたり、奴らの仲間になった人だって大勢いる。

 そんな中、突然コンビニ業界に進出してきたセーブポイントは自分たちの店舗が安全地帯であることをアピールし、実際にセーブポイントにはなぜかゾンビもゴーストも立ち入ってこなかった。そうなれば安全なセーブポイントを利用する人が増えていくのは当然の成り行きだろう。

 セーブポイントの母体である組織が地上に混乱をもたらしたラビリントスの「運営」だということは明白だったが、マッチポンプとわかっていても彼らの持つ力に人類は頼らざるを得ず、セーブポイントはその勢力を一気に伸ばしていったのだった。


「……地下迷宮の中になんでコンビニがあるんだよ? って気はするし、RPGの道具屋みたいに役に立つ道具が売ってるのか? っていうのも思うが、地図に描かれているのはコンビニのセーブポイントのアイコンだ。この冥宮にあのコンビニがあるのは確実だろう」

「冥宮内にあるセーブポイントが地上にあるコンビニだとするなら重要なのは買い物ができるということじゃないでしょうね」

 今まで黙っていた正雄君が発言する。

「セーブポイントにはゾンビや幽霊が入ってこない。それは冥宮内でもきっと同じでしょう。つまりここは避難所として機能するはずなんですよ」

「そうね。万が一ちょっと勝てそうもない強いモンスターに出くわしても、ここに駆けこめばやり過ごすこともできるってわけか」

 一同で相談して目的地を目指しつつ、まずはセーブポイントを探そうということで意見は一致した。

「しかし、地下迷宮といっても案外明るいものですよね。天井全体がぼんやり発光しているから視界は十分ですし」

「曇りの日くらいの明るさって感じだな。けど正雄、足元には気をつけろよ。この辺けっこうガレキとか大きな石ころとかが転がってるぞ」

「ねえ、つむぎちゃん。あなたの英雄はアリアドネなんでしょう? だったら冥宮探索を楽にするスキルとか持ってないの?」

 亜紀の質問につむぎはある、と頷く。

「隠れた扉を見つけたり、次の階へ続く階段を感知したりといったことが出来る」

「でも、目的地はわかってるし、隠し扉なんて初心者向けの試練で出てくるものかな」

 私がうっかり思ったことを口に出すとつむぎは少しむっとした顔になった。

「そんなことは私にもわかっている。私のスキルは他にもある。罠を自動感知するスキルなんていうのはかなり役に立つと思う。麻友たちは戦闘能力は高いから敵との戦いに苦労しないだろうけど、それ以外の危機にはあまり対応できない」

「罠の感知か。確かに素人の俺たちじゃトラップを見つけて解除するなんて難しそうだ。かなり役に立つと思うぞ」

 隆史君の意見に皆が頷く。

「うむ。けれど、このスキルにも弱点はある。一定時間ごとに魔力を消費するから他のところで出来るだけ消費を抑えなければいけない。つまり」

 戦闘では自分は後ろに下がって自分の守りに徹するとつむぎは言い切った。それでいいのか、と皆は顔を見合わせあったが、残り四人は戦闘向きの英雄だ。つむぎ一人抜けても問題ないだろう。

「じゃあ、つむぎちゃんは罠感知でサポートに回って、敵が出たら私たち四人で叩き潰して先に進んでいく。それでいいわね?」

 亜紀の言葉に皆が頷いた……と思ったが、正雄君ひとりが手をあげてさえぎった。

「つむぎちゃんと同じ理由でぼくも基本的には様子見に回りたいな。ぼくは三人の女英雄に変身できるけど、やはり魔力を消費するからね。それに変身はコスト的にはけっこう割高なんだ」

「うーん。そうなると戦闘は俺と亜紀と麻友ちゃんの三人でこなすわけか。割と厳しくないか?」

「どうだろう。ホテルで戦った骸骨は一撃で倒せたけど、この訓練場に出てくる敵はどの程度の強さなのかしらね。麻友はどう思う?」

「そうだねえ。基本は三人で戦ってみて手ごわいと思ったら正雄君が戦いに加わるっていうのがいいんじゃないかな。本当に危険なときはつむぎも戦うってことで」

「四人で勝てない敵なら私が入ってもたぶん勝てない。逃げよう」

「そうですね。逃げるって選択肢も忘れちゃいけませんよね」

 やる気皆無なつむぎの言葉に皆がどっと笑う。

「ここでずっと立ち話してても仕方ねえ。そろそろ冒険開始といこうぜ」

 隆史君の号令と共に皆が頷く。つむぎが罠感知の術を発動させると共にようやく私たちは歩き始めた。

 不安もあるけれど、これから私と仲間たちの冒険がはじめる。正直なところ私は冥宮に挑むことに対してすごくわくわくした気持ちになっていたのだった。

 

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