成功率九十五パーセントの試練

 私、亜紀、つむぎ、そして男性陣の隆史君と正雄君、英雄的には巴御前、カラミティジェーン、アリアドネ、宮本武蔵、紀貫之の五人はひとまずパーティを組むことになった。

 正式にパーティを組む約束をしたわけじゃないけど亜紀の情報によればこの食事会で同じテーブルについた五人が一つのパーティとなって冥宮に挑むことになるらしい。

 冥宮で生きるも死ぬもこの五人のチームワーク次第。そう思うとちょっと緊張してくるけれど、他の皆はリラックスした状態で和洋中のバイキングを楽しんでいた。男子二人はどちらもほっそりした体つきだけど、大皿に盛れるだけの料理を盛って次々と平らげていくし、亜紀は亜紀で寿司とかローストビーフだとか自分の好物ばかりをガンガン食べているようだ。大人しいつむぎもこまめにあちこちのコーナーを回って全メニュー制覇を狙うかのように黙々と食べ進んでいた。

 もちろん私もご飯とかパスタを後回しにしてできるだけ色んなものを食べようとしつつ、カレーとか卵かけご飯の誘惑と戦いつつまずは肉料理やサラダを食べて、結局は炭水化物の誘惑に負けて中途半端な量しか食べられなかったりしたわけなんだけど。


 なんだかんだで食事を楽しんだ後、例のソロモン王のおじさんが現れ色々と今後の説明をするという流れになった。

「えー、皆さんにはこの後もまだしばらく休憩時間を楽しんでいただきますが、休憩が終わった後はいよいよラビリントスの試練に挑んでいただきます。冥宮に挑むのは五人一組、今一緒のテーブルについている皆さんが五人で一組のチームとなってもらいます。

 全員がサポート系の能力しか持っていない、あるいは全員近接戦闘を行う戦士系の英雄しかいないといったバランスが極端に悪い場合はメンバー交換を行って構いませんが、原則として同じテーブルについた五人で冥宮に挑んでください」


 亜紀の方を見ると、あたしの言った通りでしょ、と言わんばかりのどや顔になっていた。彼女の情報はガセではなかったようだ。まああちこちでメンバーを物色する動きがあったから単に私が情報に疎い人だったというだけの話かもしれないけれど……。


「では、この後は皆さんが挑む冥宮の試練について具体的なお話に移ります。あっ、試練といってもそれほど身構えないでください。冥宮内は確かに危険ではありますが、浅い階層、地下一階から五階までの第一階層と呼ばれるエリアは人類の手で探索されていますし、地下一階に関してはかなりの部分が人類の統治下となっています。

 皆さんに探索していただくのはそんな人類が管理している冥宮の訓練区域と呼ばれるエリアです。そこには皆さんが先ほど戦った骸骨兵や動く屍ゾンビ、死の軍勢の尖兵オーク鬼、コウモリやトカゲといった野生生物といった危険な存在がうろついていますが、皆さんの英雄の力があればさほど苦労なく倒せる相手でしょう。

 敵との戦いも危険ですが暗い通路に不安定な足場、劣化した天井の落下など、環境によって起きる危険にも十分注意してください。私個人としてはこうした危険に無頓着であることこそが敵との戦いよりも何倍も恐ろしいと思っています。

 さて少し脅すようなことを話していまいましたが具体的な試練の内容についてお話ししましょう。皆さんには地下一階の訓練区域にこのホテル地下にある転送装置を使って移動してもらいます。そしてランダムに飛ばされた地点から特定の地点にたどり着いてもらう。これが皆さんに受けてもらう試練です。何か質問はありますか」


 一瞬の沈黙の後でぽつぽつと手をあげる人が現れる。かなりアバウトな説明だったので皆なにかしら疑問があるようだ。ソロモン王は手前にいた狩人っぽい人を指さした。

「すいません、特定の地点にたどり着けば試練終了とのことですが地点の位置はどうやって指示されるのでしょうか」

「そこは説明不足でしたね。皆さんのスマホの地図アプリに冥宮の地図の一部が送られその地図に皆さんが転送された地点と目的地が表示されます。この地図を頼りに目的地までたどり着いてください。なお地図は冥宮に転送後に送信されますのでプリントアウトしたい場合は冥宮内のコンビニエンスストアのコピー機を利用してください」

「えっ! 冥宮の中にコンビニあるの!」

 思わず私は叫んでしまった。それを受けてソロモン王はありますよ、とにこやかに笑う。

「冥宮内にもちゃんとコンビニはあります。もっとも地上みたいにちょっと歩けばコンビニ、また歩けばコンビニに当たる、なんてことはないですが転送された地域の近くに必ずコンビニはあるので一度立ち寄ってみてはいかがでしょうか」

 この質問に関してはここまでいいでしょうか、とソロモン王はしめくくった。

「では、そこの元気な女武者さん、あなたは何か質問はありますか?」

 えっ私? ソロモン王はうっかり声をあげた私に質問するよう振ってきた。どうしよう。ありません、って答えるのはバカっぽくて恥ずかしい。

「え、えーとこの試練の成功率ってどれくらいなんでしょうか。もちろん全員生きて帰れるんですよね?」

「いいえ、そんなことはありませんよ。この試練の成功率は九十五パーセントです。毎年少なからぬ死者が出ています」

 えっ……と私はまた口に出してしまう。そしてどこか弛緩していた会場の空気が一気に張り詰めたものに変わった。

「この試練で人は死にます。訓練場の試練が英雄の力とまっとうな判断力があれば容易に切り抜けられるものです。しかし油断や慢心、その他の要因で命を落とす方がいるのも事実なのです。皆さん、どうか細心の注意を払い必ず生き残ってください。以上でよろしいでしょうか」

 はい、と私は返事をした。しかし頭の中では成功率九十五パーセントという数字が頭の中をぐるぐると回っていた。この会場には百人ほどの冥宮挑戦者が存在するけれど、そのうちの五人は二度と地上に戻ってくることはできない。生存率九十五パーセントというのは雑に考えるとそういうことだろう。もちろん全員無事で地上に帰還することも、あるいは百人全滅なんてこともあるんだろうけれど。

 そんなことを考えているうちに他の人の質問が続いたが、そのやりとりはほとんど聞いていなかった。その辺は亜紀たちがちゃんと聞いていてくれてるだろうけど、私は冥宮で死にたくないな、っていうことばかりをずっと考えていた。


 ソロモン王による質問コーナーが終わると三十分ほどの休憩を挟んで、一組ずつ冥宮に転送されることが告げられた。いよいよ冥宮に挑むときが来るのだ。

 死ぬかもしれない。すごく怖い。

 生存率九十五パーセントならまず確実に生き延びられるはずだ。私の巴御前は骸骨兵をあっさりと倒した。冥宮のモンスターにだってきっと楽勝なはずだ。訓練エリアに強敵なんて出現しないだろうし。

 亜紀の銃や隆史君の剣、つむぎの糸に正雄君の変身能力、パーティのみんなの能力だって頼りになるはずなのに、なんでこんなに不安なのだろう。

 亜紀と男子二人は楽しそうに春から高校に行ったらどうするなんて話で盛り上がっているし、つむぎはまだ解放されているドリンクバーから持ってきたメロンソーダを飲んでいる。みな緊張した様子はない。この不安は私だけのものなのだろうか。

 私はトイレに行ってくるね、と行って会場の外に出た。


 実際にトイレに行きたかったので用を済ませ、個室の中で私はため息をつく。これからどうしよう。いっそこの会場から逃げてしまおうかな、なんて考えていたら、いきなりこんこんとドアをノックする音が聞こえてきた。

「あ、あのここ人が入ってますけど……」

「知ってる……。巴御前の人が入ってるでしょ。私はアリアドネ……」

 聞こえてきたのはつむぎの声だった。なんでこんなところにつむぎがやってくるの?

「ええと……用を足したいなら他の個室が空いてないかな」

「話があるのドアを開けて」

 ちょっと待ってよ。今パンツを上げて外に出るから……と慌てているとがちゃがちゃと音がしてドアが開けられてしまった。

 ドアの鍵の部分を見ると糸が絡みついていた。アリアドネの力ってこんなことにも使えるんだ……って、待て。

「何考えているのよつむぎ!人が入ってるトイレのドアを開けちゃダメでしょ!」

「……事後承諾」

 そう言ってつむぎは私が便器に腰かけてる個室に入ってきて後ろ手にドアを閉めてしまった。ちょっと本当に何を考えてるのよコイツは!

 本当に驚いた時には大声をあげることもできない。私はパンツを下げたままつむぎの顔を見上げるしかなかった。つむぎもじっと私の顔を見つめている。

「……大丈夫だから」

「えっ」

「あなたは必ず無事でいられるから。生きてラビリントスから出られるから。私はアリアドネ。テセウスを生きて冥宮から脱出させた実績がある」

 そう言ってつむぎはそっと私を抱きしめた。

「大丈夫、あなたは骸骨兵を倒せなかった私を助けてくれた。私は受けた恩はちゃんと返す。クソ野郎のテセウスとは違う。必ず冥宮から脱出させてみせる」

 私の目を見て微笑むとつむぎは私から離れた。

「……だからあなたも私のことを裏切らないで」

 そう告げるとつむぎはドアを開け私のもとから去っていった。私も慌ててパンツを上げると、つむぎの後を追いかけていった。

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