第93話

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 はあ、はあ……あ、……。あうっ、……い、いや。

 いやらしい男の舌が太股からじわじわと上がってきて敏感な部分を舐めるたびに、篠原麗子の口からは甘い喘ぎ声が漏れた。

 はあ、はあ……いや、……お願い、許して。

 どんどん高まりへと追い詰められていく。お気に入りの赤いチューリップ柄のベッドシーツは、身をくねらしているうちにしわくちゃになっていた。左右に振っていた首が無意識に後ろに仰け反る。あ、……あう。

 また恥ずかしい狂態を義理の父親だった男に晒してしまうことになりそうだ。いや、あ、……あ、許し――。

 あ、いやっ。

 途端に愛撫が止まった。な、……なんで? 深い失望感が麗子を包む。

 「ねえ、一休みしようか」

 麗子の太股の間に顔を埋めていた中年男が布団から這い出てきて言った。夜の暗がりの中でも、そいつの太って弛んだ醜い体は隠しようがない。首から下は男なのか女なのか分からないほどだ。こんな不細工な奴に愛撫されて自分は感じている。いいや、それだけじゃない。こいつに女の喜びを教えられたんだ。そう思うと麗子は情けなかった。どうして波多野くんじゃないのよ。

 はあ、はあ、……はあ。

 しばらくは何も言えない。呼吸が整うまで時間が掛かる。返事をする代わりに麗子は布団をはいで片方の脚を高く上げると、その膝を大きく曲げた。こんな格好をすれば陰毛が生えた淫らなところが丸出しになるのは分かっている。思った通りで、男の視線が自分の下腹部に釘付けだ。その隙を突いて奴の肩を思いっきり蹴ってやった。

 半年前に母親と離婚した男はベッドから転げ落ちた。両手は後ろで固定されているので床に直撃だ。

 「い、痛いっ。な、何をするんだ」

 麗子は上体を起こすと床に転がった男を見下ろした。「誰が休んでいいって言ったの?」

「そ、そんな……麗子ちゃん」

「せっかく、いいところだったのに。早く上がってきて続けな」

「待ってくれ。もう、たっぷりサービスしたじゃないか。それに麗子ちゃんが、いや、いやって言う――」

「ばかっ。あたしの口癖じゃないの、知っているくせに。トボけるんじゃないよ、まったく。ほら、まだ二時間ぐらいしか経っていないじゃないの。あたしが満足するまでは休んじゃダメよ」


「勘弁してくれよ。もう前みたいな体力はオレにない。いくら土曜日の夜でも朝までなんて無理だ。それにノドがカラカラに渇いている。舌だってヒリヒリして痛いし、アゴもシビれて感覚が無くなってきているんだ。頼むから少しだけ休ませてくれ。そしたらまた続けるから、な?」

「だめ。早くしないと大声出して騒ぐわよ」

「そんな……」 

「また警察の厄介になりたい? 今度は前みたいに穏便に済ませたりしないからね。犯されそうになったって訴えてやる」

「そ、そんなのウソじゃないか。あの事件の後で、今度は麗子ちゃんの方から誘って――」

「あっはは。お前の言葉なんか誰が信じるかしら。あたしは警官の前で大泣きしてやるからね。夜中に忍び込まれてパンティを脱がされましたって」

「……本気じゃないだろう? そんな事をされたらオレは――、もう市役所で働けなくなる」

「その通り。だから言うことを聞くしかないのよ、お前は」

「もう十分に償ったじゃないか。家も土地も、あのグリーンのベンツも譲った。オレに残っているのは仕事だけなんだ」

「ばか言わないで。それは全部あたしの母親の名義じゃないの。あのスケベ女が全て自分のモノにしたの。あいつったら、最近は店の客だった若い兄ちゃんと付き合っているみたいよ。先週だった、その堅くて長いチンポコを一生懸命にしゃぶっているところを覗き見しちゃったもんね」

「ほ、本当か?」

「そうよ。あのスケベは男にハメてもらわないで十日も過ごしたことないの。お前と結婚してた時だって浮気は頻繁にしてた。そう、そう、集金に来た新聞配達のオジさんとも玄関で二度、三度ヤッてたんじゃないかしら」

「……信じられない」

「だけどさ、それが現実なのよ。お前は家や土地とか車を差し出すことなかったの。あの女にも弱みがあったんだからね。あたしと直に話をつけるべきだった」

「……」

「落ち込んでいる暇なんかないよ。早くベッドに上がってきて続けなさい。お前の務めは終わっていないの」

「……待ってくれ、麗子ちゃん」そう言うと男は首と肩を使って不自由な体を起こし、その場に正座した。

「だめよ。早くしないと大声出すわよ」

「なあ、勘弁してくれないか。こんな関係は止めたい。……もう疲れたよ。今の話を聞かされて生きる気力も無くなりそうだ」

「なに言ってんの、お前」

「また逢いたいって麗子ちゃんから電話があった時は……」男は派手な柄のトランクスに視線を落として続けた。「もしかしたらオレの能力が回復してくれるかもしれないと期待して承諾したんだ」

 しかし八ヶ月前に十四歳の少女によって激しく傷つけられた男の股間は二度と元に戻らなかった。性欲はあるが挿入できるように上手く勃起しないのだ。

 麗子は気にしていない。こんな不細工な中年男、――ましてやスケベな母親が散々使い古したボロ雑巾みたいな男じゃないか――その汚らしいチンポコを自分の大切なアソコに突っ込む気は更々なかった。こいつの舌がヌルヌルと動いてくれたら、それでいい。いつの日か波多野くんと結ばれる時が来るまでは処女のままでいるつもりだ。

 あたしが今度は主導権を握る。だから再び自分の部屋に入れてやる時は、暴力を振るう恐れを無くす為に、義理の父親だった男の両手は後ろで手錠を掛けることにした。

 「あら、そう。つまりオッ立たなくなったのは、あたしの所為だって言いたいのかしら」

「い、いや。……そうじゃないけど」

「じゃあ、聞くけど。あたしの身体をこんな風にしたのは誰よ?」

「……」

「今じゃ、頻繁に疼いちゃって勉強も手につかないの。高校受験は目の前だっていうのに」

「悪かった」

「言葉だけじゃダメ。舐めて。あたしのアソコをもっと舐めて。しっかり心を込めて舐めるの」

「麗子ちゃん、……遅くなったけど償わせてくれ」

「はあ?」

「出来ることなら何でもする。して欲しいことを教えてくれ」

「……」こいつって馬鹿なのかしら? さっきから言っているじゃないの。舐めろって。

「高価な服でもアクセサリーでも、海外旅行だって……そうだ、運転免許が取れたら好きな自動車を買って――」

「じゃあ、ここに寝てよ」

「え?」

「ベッドに横になれって言ってるのよ。あたしが今度は上になるから」

「……」男は途方に暮れた様子だ。

「早くしなさいよ、ばかっ」

 これから何をされるのかと、両手を後ろで縛られた中年男が怯えていた。その顔には以前に見せた好色な表情はない。なんて愉快なんだろう。相手に言うことを聞かすのに麗子は、ただ膝を曲げて足蹴にする格好をするだけでよかった。「さあ、上を向いて寝てよ」

 男がベッドに仰向けになると、麗子は大胆にもその顔を跨いだ。「そのまま動いちゃダメ」腰を沈めていく。「じっとしていなさい」

 あ、……う。

 鋭い快感が麗子の身体を下から貫いた。あ、……あう。こっちの方が全然気持ちイイじゃないの。何で気が付かなかったんだろう。お尻の穴に男の鼻が当たって身も心も溶けてしまいそう。腰を前後に動かすともっとイイ。ベッドで横になって股間を舐められるだけで満足していた今までの自分が馬鹿みたい。

 「れ、麗子ちゃん、ま、待――」

 聞こえない振りをして続けようとした。波多野くんに丸裸で抱かれているところを想像しようとしているところだ。

「お、お願いだから――ちょっと」

 仕方なく腰を少し持ち上げてやった。「何よっ、うるさい」

「くっ、苦しい。これじゃあ、息ができない」

 知らずに股間を男の顔に強く押しつけていたらしい。気持ち良すぎて、生きている人間の上に跨っているのを忘れてしまう。深呼吸して大きく吐き出された男の息が麗子の熱く濡れた部分を冷ましてくれる。

 「やっぱり、オレが上に――」

「なに言ってんの、ばかっ。息が出来ないなんて、そのくらい我慢しなさいよ、男でしょっ」

 つまらないことで波多野くんとの愛の営みを途中で打ち壊されて腹が立つ。また初めから想像しないとダメじゃないの。頂上まで登りつめるには、そのプロセスが大切なのに。頭にきた麗子は豊かな腰を持ち上げると、全体重をかけて思いっきり尻餅を突いてやった。

 むぐっ。

 義理の父親だった男は返事すら出来ない。何か言おうとして息を吸い込んだところを、女子中学生の丸い尻に鼻と口を完全に塞がれてしまったからだ。歳こそ十五才だが、一年前から性の快楽を貪ってきた下半身は、すっかり女らしく成熟していた。息をする隙間を与えないほど相手の顔に密着するのだ。

 下敷きにしてやった男の頭が苦しそうに左右に逃れようとしていた。空気を求めて藻掻いているのだ。その必死な動きが女の敏感な部分に伝わってきて、すっごく気持ちイイ。

 「たっ、助け――」

 両方の太股を男の顔に強く押し当てて黙らせた。ざまあみろ。しばらく呼吸なんかさせてやるもんか。あたしの命令に素直に従わないと、どんな目に遭うか思い知らせてやる。波多野くんの人差し指が、疼く股間の奥へ侵入したところで想像を中断された。その御仕置きをしてやらないとね。

 うふっ、楽しい。

 両目を瞑り、キッスされながら優しくオッパイを揉まれる最初の場面を頭に描いていく。朝までたっぷり時間はある。篠原麗子のエッチで長い夜はこれからが始まりだった。



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