第94話


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 加納久美子は本郷中学の駐車場に愛車フォルクスワーゲン・ポロを停めると、さっそく携帯電話のメールをチェックした。着信音が鳴ったのは運転中で、すぐに開いて読むことが出来なかったのだ。

 『おはよう。きっと素晴らしい一日になる』

 うふっ、やっぱりだ。思わず笑みがこぼれる。メールをくれたのは君津署の波多野正樹刑事だった。

 久美子は返信した。『メール、ありがとう。勇気もらった』

 あの事件から半年が過ぎて季節は秋になっていた。異様な出来事であると地区の教育委員会も判断して、加納久美子には特別に年内の休養を認めてくれた。と同時に君津南中学からの移動も決まる。本来ならば本郷中学には来年の三学期から赴任すれは良かった。二学期の途中から教職に戻らなければならなくなったのは、引き継ぐ予定だった三年Α組の担任教師が急に体調不良を起こして仕事を続けられなくなったからだ。

 外に出てフォルクスワーゲンのドアを閉めたところで、本郷中学の教頭先生が歩いて近づいて来るのに気づいた。白髪のオールバックが似合う初老の紳士だ。女子生徒に人気があると評判らしいが、まったく不思議じゃない。



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