第82話
82
いつ現れたのだろう。黒川拓磨と母親の他に、もう一人、バットを手に持った人物がいた。汚れたトレンチコートに身を包み、顔と両手は血が滲む包帯に巻かれていた。髪は伸び放題。異様な姿だ。強烈な腐敗臭を全身から放っていた。骨格から男性だと判断できるだけで、誰なのかは分からない。
少なくとも久美子に危害を加える存在ではないらしい。黒川拓磨と対峙し、その母親をバットで殴りつけたのだから。
母親は両手で頭を押さえた格好で廊下の端に倒れていた。今にも階段から落ちそうだ。完全に気を失っている。
黒川拓磨が前へ一歩踏み出そうとすると、男が動いた。バットを投げつけて、相手の動きを止めた。そしてコートのポケットからシャンプーの容器らしきモノを取り出し、そのキャップを外す。また新たに強い臭いが加わった。えっ、ガソリンだ。
男は躊躇わない。一気に中の液体を黒川拓磨に浴びせた。容器を捨てると、すぐにポケットに手を入れ、ライターを出す。焼き殺すつもりだ。
黒川拓磨は男が点火する前に飛び掛かった。二人が取っ組み合う格好で横倒れになる。その動きに押し出されて母親は階段から落ちていった。
男からライターを奪おうと、その腕を激しく殴りつける。やはり腕力では黒川拓磨の方が上だった。だが男はライターを離さない。もう二人ともガソリンまみれだ。
「ぎゃっ」腕に噛み付かれると、男は初めて声を上げた。聞き覚えがある、と久美子は思った。でも、……まさか。あまりの変わり果てた姿に確信が持てない。
うわっ、助けて。目の前で凄惨な行為が始まった。黒川拓磨が頭を上下させながら、男の腕の肉を噛み千切り出したのだ。まるでオオカミ。見たくもないものを見せられて、ブルブルと久美子の身体が震えだす。
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