第67話

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 「お話があります」職員室で二人だけになれる時間を見つけて、加納久美子は高木教頭に詰め寄った。

「何だ?」高木教頭は身構えた。女教師の普段とは違う真剣な雰囲気に気づいたのだろう。

「先生が国際中学で教えた生徒の中に、木村優子という女の子を覚えていらっしゃいますか?」

「……」驚いた顔を見せると、その表情を読み取られまいとして教頭は視線を外した。

「わたしのクラスメイトでもありました」

「よく覚えていない。そんな名前の子がいたか?」

「そんなはずはありません」加納久美子は言い切った。

「どうして、そう断言できるんだ? きみは」

「わたしはハッキリと覚えているからです」

「きみと私とでは事情が違う。これまで何人の生徒に教えてきたと思っているんだ」

「彼女は普通の女子生徒ではありません」

「……」

「霊感の強い女の子でした。教頭先生が処分に困っていた鏡に気づいたのは彼女でしょう?」

「そ、そんなことがあったか……?」

「ある品物を高木先生から引き取ることになったと、木村さんが話してくれたのを覚えています。彼女の表情は、いつもと違っていました」

「よく覚えていないが、どうして今頃そんなつまらない話を--」

「つまらない話では決してありません」

「しかし昔の事じゃないか」

「そんなふうに片付けられなくなりました。その鏡を、どうやって教頭先生が入手したのか教えてほしいのです」

「……」高木教頭が息苦しそうに呼吸をし始めた。額に汗も浮かんでいる。苦悩しているのが明らかだ。

「お願いします。教えてください」

「頼む。……よく覚えていないんだ」声が小さい。下を向いて、まるで母親に叱られた少年みたいだ。

「思い出してくれないと困ります」久美子は容赦しない。

「きみは私を、そんなに苦しめたいのか」

「違います。教えてくれないと大変なことになりそうだからです」

「何だって」

「あの鏡で木村優子は命を落としました」

「えっ」

「黒川拓磨と関係がありそうなんです」

「なんで知っているんだ? そんなことまで」

「土曜日に木村さんの御主人と話をしてきました。彼女は平郡中学で英語教師をしていて、黒川拓磨の担任だったんです」

「まさか」

「十三日の土曜日に、この君津南中学でも何か事件が起こるかもしれません」

「十三日の土曜日だって?」

「はい」

「これ以上は、……もう」

「そうです」もう手に負えないほど沢山あり過ぎた。

「……」

「教頭先生、教えてください。その鏡はどこから手に入れたんですか?」

「加納先生」

「はい」

「今日は勘弁してくれ。気分が悪いんだ」

「では、いつなら?」

「一日、二日でいいから、待ってくれ。連絡を取らなければならない奴もいるんだ。なんとか思い出すから」

「どうして?」

「こっちにも事情がある」

「急いで下さらないと」

「わかってる、わかったから」

「……」

 加納久美子は半信半疑だった。待ったとして、教頭先生が本当のことを話してくれるとは信じ難い。すごく怯えていた。なぜ? 

 あの調子なら時間を掛けて、話を誤魔化す口実を考え出すかもしれない。その鏡が相当な曰く付きだということだけは分かった。果たして桜井弘氏が言った通りに、それを手にすれば黒川拓磨の正体を暴くことができるのだろうか。

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